俺が弁当の唐揚げを箸でつついて固まっていると、
りーくんがふっと俺の方へ体を寄せてきた。
「真白さ、緊張してるの自分だけだと思ってるでしょ?」
「え……?」
「ほら、触って」
そう言うやいなや、
りーくんは俺の手をそっとつかんで、
自分の胸にそのまま引き寄せた。
「っ!?ちょ、ちょっと……!」
驚きすぎて、心臓が瞬間的に跳ね上がる。
でも、それよりも——
手のひら越しに伝わった鼓動の速さに、
俺は言葉を失った。
(……え。なにこれ……やっば……)
りーくんの胸の中で、
ドクン、ドクン、ドクン……
想像よりずっと早い鼓動。
「やばくない?」と、りーくんが照れくさそうに笑う。
「……あ……」
情けないくらいの声しか出ない。
「さすがの俺でも
本番前なんて心臓バクバクで死にそうなんだから」
指先に伝わる鼓動が、
嘘じゃないって証明してる。
りーくんは俺の手を胸に当てたまま、
少しだけ視線を外して、息を吐いた。
「だからさ……
こうやって真白と昼食べて、真白に癒してもらって、
緊張ほぐして……それで本番頑張んの」
「俺で……?」
「うん。真白で。
真白じゃなきゃ意味ない。
ほら、理人頑張れって言って」
「理人って!」
「いいでしょ?恋人なんだから呼び捨てでも」
りーくんは見つめたまま、
まだかまだかと俺の言葉を待っている。
「うぅ……ぅ……り、りひと……
が、がんばれ……っ」
言った瞬間、耳まで一気に熱くなる。
(死ぬ……恥ずかしすぎて死ぬ……)
「ましろ~」
「もぅ、恥ずかしぬ……ひぃぃぃー」
「ははははは」
(なんだよ、ご機嫌だな、もぉ……)
湿気で暑いはずなのに、
胸の中だけ別の熱が広がっていった。
午後の部、合唱コンクールが始まった。
トップバッターは1年生。
体育館にはざわざわした空気が少し残っていて、
でもステージに照明が当たると、急に静まり返る。
(……うわ、緊張してきた……)
何百人もいる中のひとり。
俺ひとりが音外したところでどうってことない。
頭ではわかってるのに、
壇上に立つだけで声が喉の奥に引っかかりそうになる。
曲を歌い切って席に戻ったときは、
足の力がじんわり抜けた。
「1年生の演奏でしたー」
アナウンスが流れる。
続いて2年生の先輩たちがステージ袖へ向かっていく。
でも――。
俺の視線は、もうずっと別のところを追っていた。
体育館の床近くにある横長の窓。
そこから、3年生たちが外の通路で整列しているのが
ちらっと見える。
(……りーくん、どこ。ピアノって左側だよな?
じゃあ一番後ろの方にいる……?
いや、見えん……どこ……)
2年生の歌が始まりそうなのに、
俺の心はそわそわ浮き足立っている。
(やば……全然集中できん……
早く3年の番こい……)
体育館の湿気と照明の熱の中で
胸の奥で鳴ってる音は、
さっき触ったりーくんの心臓の音と
同じリズムだった。
2年生の演奏が終わり、
アナウンスが「次は3年生の皆さんです」と告げた瞬間、
体育館の空気がふっと変わった。
ステージ横の扉が開き、
3年生たちが列になって静かに歩き出す。
スリッパの音がバタバタと揃って響く中、
俺の目は、ただひとりだけを探していた。
(……いた……)

