体育祭の午前が終わって、
俺はお弁当を片手に体育館裏へ向かった。
『明日一緒にご飯たべよ』
昨日りーくんから誘ってもらったから、
俺はみんなにバレないように急ぎ足できた。
ここはふだん人気がないし、
陰になってて直射日光は避けられる。
……とはいえ。
(いや、湿気エグ……
これ、外で飯食う環境じゃなくね?)
影の中にいても、
空気そのものがじっとり肌に貼りつくみたいで、
首の後ろに汗がつうっと流れる。
(はやく来て……俺だけ汗だくで待ってるの恥ずい……)
そんなことを心の中でブツブツ言いながら、
弁当の袋を膝に乗せてしばらく待っていると。
「真白!」
体育館の影から誰かが駆けてくる足音がして、
次の瞬間、りーくんが小走りで姿を見せた。
髪が少し汗で張りついてて、
走ってきたせいか肩で息をしている。
さっきも見たけど、普段見ることのない
体操服姿が新鮮で、ちょっとキュンとする。
「ごめん、遅くなった!
友達につかまってさ……待った?」
少し焦った顔なのに、
俺を見つけた瞬間にふっと優しく笑う。
午前にあれだけ走り回ってた人間とは思えない、
いつものりーくんの笑顔だった。
「待ってないよ。食べよ」
「うん」
「ずいぶんご活躍で」
「見てた?あざーっす」
「黄色い声援飛びまくってたよ」
「いやいや、お兄さんには負けるよ」
「…………」
「無視ひどっ。兄の扱い雑っ!」
俺たちは並んで体育館裏の
コンクリブロックに腰を下ろした。
持ってきた二段弁当のフタをカチリと開けると、
母さんが作ってくれた
卵焼きと唐揚げの匂いがふわっと上がる。
(……うまそうなのに……なんか胸がつまる……)
りーくんはコンビニの袋をガサッと開いて、
おにぎりとメロンパンを取り出した。
午前の競技で汗をかきまくってたのに、
平然とパクッと頬張っている。
「真白、食べないの?」
そう言われて慌てて箸を持つけど——
(だめだ……喉、全然動かん……)
弁当の卵焼きを口に運んでも、
味がしないどころか飲み込むのに時間がかかる。
胸の奥のドキドキが邪魔してる。
午前中のりーくんの姿が脳裏に焼きついて離れない。
走って、歓声を浴びて、笑って……
そして、午後はいよいよ伴奏。
考えただけで心臓が早鐘を打つ。
「……真白、体調悪い?」
自然に眉を寄せて、心配そうにりーくんが
俺を覗き込んでいた。
「え、あ……違う……」と、思わず視線を落とす。
「じゃあ、どしたん?」
深く息を吸って、正直に吐き出した。
「なんか……俺が弾くわけじゃないのに……
りーくんのピアノが始まると思うと……
緊張して、胸いっぱいで、全然食欲湧かなくて……」
言った瞬間、顔が熱くなる。
こんなの、告白みたいじゃん……
りーくんは一瞬「え?」と固まって、
それからゆっくり口元を緩めた。
「なんそれ……真白、可愛すぎん?」
その言葉が、蒸し暑い空気を一気に甘くする。

