お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる





四時間目の英語、
怒涛の英文読解がやっと終わったところでチャイムが鳴った。

(……終わった……マジで脳みそパンクする……)

頭の中で火花が散ってるような感覚のまま、
俺はゆっくり席を立った。
弁当だけをつかんで、小田と加藤に向かって一言だけ。

「ごめん、今日はちょっと別件で他で食べてくる」

「え、なんで?」

「いや……ちょっと用事」

問い返される前に、
俺は教室を出た。
A棟へ向かう廊下は、
昼休みとは思えないほど静かだ。
保健室の前を通り、
職員室の前を通りすぎ、
薄暗い階段へ足を向ける。

(……屋上ってどこ……)


湿った階段でスリッパがきゅっ、きゅっと鳴る。
俺のスリッパが床に当たる乾いた音だけが響く。

胸の中では、
授業中ずっと渦巻いていた
苛立ちだか嫉妬だか分からない感情が、
まだ燻ってる。
息が少しだけ深くなった頃、
階段の最上段に着いた。

普段生徒が来ない場所。
その薄い光の差し込む踊り場の突き当たりで
りーくんはイヤホンをつけて壁にもたれ、
ゆっくりリズムをとりながら待っていた。

俺に気づいたりーくんは、
イヤホンを外しながら
「来てくれたんだ」と小さく笑った。

「……そりゃ呼び出されましたから。
 先輩から」

俺は無意識に語尾がトゲトゲした。
りーくんはピタッと瞬きを止める。

「……やっぱ、怒ってる?」

その声音があまりに自然すぎて、
思わず、顔が「は?」ってなる。

「え、わかんないの?」

「ごめん、全然わかんない。
 でも……真白が怒ってるのだけはわかる」

その言い方が妙に真面目で、
こっちの苛立ちがさらにざわつく。

「……いや、察するとかできんの?」

「無理」

りーくんは壁から体を離して、
真剣な顔で俺を見た。

「俺、不器用だから察するとかできない。
だから、なんかあるなら言って。ちゃんと直すから。
真白が嫌がるようなことはしたくない」
 
その目はふざけてないし、誤魔化してもいない。
本当にわからなくて困ってる目だった。

さっきまで胸の奥で渦巻いてた
黒いモヤモヤが、
その真っ直ぐな声に溶かされたみたいに
ふっと力を失っていく。

(……なんなん、この顔……
 そんな真剣に言われたら……怒れん……)

毒気が一瞬で抜けた自分に、
逆にびっくりする。

「……伴奏」

「え?」

「……伴奏するの知らなかった」