お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる





六月に入った途端、
いきなり本格的な梅雨が始まった。
朝起きてカーテンを開けると、
決まって窓の外は湿った灰色で、
空はどんより曇っている。
道路には細かい雨の粒が絶えず落ちていた。

(……はぁ、また雨か)

制服を着る手もなんとなく重くなる。
湿気で髪は言うことを聞かないし、
靴下までじっとりしてる気がする。
天気予報の雨マークが
ずっと連続して並んでるのを見てると、
気分まで少しだけ曇りそうになる。

だけど——。

「真白、おはよー。今日も可愛いー」

玄関を出ていつもの声が降ってくると
胸の中だけは一瞬で晴れた。

「りーくんは雨でも髪の毛問題なさそう」

「俺は結構かための髪質だからな~。
真白はいつにもましてふわふわで可愛いよ」

「だから!そのふわふわに困ってるんだけど!」

「ははは!」

たわいもない会話もふたりなら楽しくて仕方がない。
そう思っていると、横からおにぃが素通りした。

「夏樹お兄ちゃんおはよ~」

「毎日毎日玄関先でいちゃつくな!はよ行け!」

辛辣な言葉を残しておにぃは颯爽と去っていく。

「あ~、あいつは梅雨でも無敵だな。
こんな土砂降り中でも
さらっさらに髪なびかせて、絵になんなぁ……」

「顔と言葉あってないけどね」

「確かに。でも、高3であの水色の傘持てるの
夏樹くらいだぜ?」

「うん。ほんとそれ。俺はビニ傘か黒で精一杯だよ」

俺たちは、
感心しながら水色の傘を追いかけて歩き出した。



そんな梅雨のど真ん中、
学校ではちょうど年間行事の準備が始まっていた。
うちの高校には文化祭がない。

……いや、正確に言うと、
“派手な文化祭”みたいなものは全部省略されている。
進学校らしい効率重視のやつ。
その代わり、六月に
体育祭と芸術発表会をまとめた行事がある。

午前は体育祭。
午後は合唱コンクールや吹奏楽、
美術部の展示やダンス部のステージ……
文化祭でやるような“見せる系”の部分だけ、
ぎゅっとまとめてやる。
進学校らしいって言えばらしい。

今は、その芸術発表会でやる
合唱コンクールの歌練習の真っ最中だった。

四月の初め、
「一年生はこの曲を歌うから耳に入れとけよ〜」
と配られた楽譜——。

……そのまま、きれいに封印していた。

(やっば……存在完全に忘れてた……)

なのに、意外にも周りの子は
普通に歌えていたりする。

(え、全国の高校生って
みんなそんな真面目だったっけ……?)

俺はひとりだけ置いていかれた気がして、
じわっと焦り始めた。
パート決めが始まっても、
「朝比奈くんはテノールね」
と、悩む素振りすらなく即決された。

「あ、はい……」

自分の声が低くないのは自覚してるけど……

(りーくんとおにぃは絶対バスだろうな……
 なんで俺の声、もっと低く育たなかったんだ……?)

どうでもいいことが頭を駆け巡る。
歌うの得意じゃないし、
高い声はもっと苦手だし、
音程はふわふわ浮くし……

(……早く終われ〜……)

意外にもガチテンションの練習の中、
俺はなんとか音についていこうとしながら、
半分上の空のまま練習に参加していた。