りーくんは当たり前みたいに、俺の隣に座った。
「いただきます」
その声が家族の輪にすっと馴染む。
お母さんの料理を嬉しそうに頬張って、
燈佳の話に相づち打って、
おにぃの毒舌にも軽く笑って。
……まるで、本物の家族の一員みたいだった。
(……なんなん、これ。
恋人デートよりドキドキするんだけど……)
食後、玄関まで見送りに行くと、
りーくんが靴を履きながら、
ふっと俺の方を見た。
「ねぇ真白」
「ん?」
「今度は部屋でゆっくりイチャイチャしようね?」
「なっ……!」
言葉の意味を理解する前に、
ほっぺにちゅっと軽いキスが落ちた。
触れたところだけ、
ありえんほど熱くなる。
「じゃ、また明日ね」
と、りーくんはニッと笑って手を振り、
夜の暗がりへ帰っていった。
俺は玄関で呆然と立ち尽くした。
(なに、今の……なんで、あんな自然に……)
足が勝手にリビングへ向かい、
ソファに腰を落とした。
その瞬間、
隣からおにぃの声が飛んできた。
「……お前、もう人生終わったな」
「は?はぁ!?なんで!?」
我に返って振り向くと、
おにぃはテレビから目を離さず言った。
「お前は浮かれてるかもしれんけどな……
あいつ、そこそこやばい奴だかんな」
「……は?」
おにぃの声はいつもの雑な兄貴口調なのに、
その“やべぇ”だけはちょっと真剣に聞こえた。
おにぃはテレビの音量を少し下げてから、
ため息みたいな声で話し始めた。
「……いいか?真白。
あいつは、マジでやべぇ」
「な、なに……どういう意味……?」
おにぃはリモコンを投げるように置いて、
こっちをチラっと見た。
「俺が理人と初めて会ったのはスポ少だった。
お前も一瞬いたあのサッカーな。
けど、小学校は隣だからそんな深くは絡んでなかった」
「へぇ……」
「なのに、ある日いきなり話しかけてきて、
なんか知らんけど、やたら懐いてきたんよ。
“夏樹くん夏樹くん”って。
まぁ人懐っこいやつだなって思ってた」
そこまでは、おにぃの声も淡々としていた。
けど次の一言で、急に温度が変わった。
「……でもな、問題はここからな」
俺は無意識に姿勢を正した。
「中学に上がって、同じ学校になった。
しかもクラスも一緒。
そしたらあいつ、さらにべったり来るようになったわけ。
まぁ知ってる顔だし、悪いやつではないと思って
一緒につるんでたんだよ」
おにぃはそこで一度区切って、笑いもしないまま続けた。
「そしたら……ある日突然、
“俺はお前の弟が好きだ。だから仲良くなった。
お前のことは心底どうでもいい。
お前の家に行かせろ。真白に会いたい”って、
前触れもなく言いやがった」
俺の脳内で、時が止まった。
「……は?」
「やばいだろ。あいつ」
おにぃは顔の前で手をひらひらさせて苦笑した。
「俺はさ、自分がそこそこクズって自覚はあるわけ。
でも人生で初めて思ったわ。
“あ、俺よりクズなやつ見つけた”って。
仮にもお前がサッカーに来るようになってからの
2年とちょっと、俺はあいつのことを一応友達だと
思ってたわけよ。なのに、中学あがって2ヶ月くらいで
爆弾かましてきやがったんだよ。普通言えるか?
本人を目の前にしてお前はどうでもいいって。
普通に引いたわ。クズの極み」
「ク、クズ……」
「アイツはお前のためならなんでもするタイプだぞ。
お前の何がそんなにいいのかは未だに謎だけど。
俺はその日、ほんとにゾッとしたからな。
ホラーだよホラー」
おにぃはソファにもたれ、ぼそっと言った。
「……まぁ、あいつんち色々複雑だし、
うちの家族が全員甘いから、
あいつはうちに入り浸ってるけどな。
お前、覚悟しとけよ~」
俺は……ただ、口をぱくぱくさせるしかなかった。
りーくんの「やべぇ過去」が、
こんな形で明かされるなんて思ってもみなかった。
でも……
「あ?あ~……心配して損した」
「な、なに、おにぃ」
「お前も同類じゃん。そんな思ってもらえて
嬉しい~って顔してんぜ?
普通ここ引くとこだから」
「だって……でも……」
「はいはい、変態同士お似合いだよ。お疲れ~」
そういうと、おにぃは自分の部屋に帰っていった。

