電車の揺れの中でも、
映画館の最寄り駅に着いてからも
りーくんは一度も、俺の右手を離さなかった。
改札を通るときだけ、一瞬手を放す。
でも、バーを抜けた瞬間にはもう
何事もなかったみたいに
すっと俺の手を取り返してくる。
あまりにも自然で、
そのスマートさにまたドキドキする。
(……なんでそんな当たり前みたいに繋ぐん……)
手の温度がずっと続いているのが、
嬉しいような、落ち着かないような、
なんとも説明できない気持ちになる。
映画館に着くと、
館内は驚くほど静かだった。
俺たちが選んだのは、
サメが出てくるB級ホラー映画。
公開から日が経っているのもあって、
客席にはほとんど誰もいない。
「……ガラガラだね」
「だね。二人きりみたいで、逆にいいじゃん」
小さく笑って、
りーくんは俺の手を軽く揺らしてきた。
席に並んで座ると、
スクリーンの明かりがりーくんをぼんやり
照らし、横顔がやけにきれいに見える。
「……ねぇ真白」
「な、なに?」
「誰もいないし、こっそりエッチなことできちゃうね」
「はっ!? な、な、なに言ってんのっ……!」
変な声が出そうになる。
顔に血が一気に上がるのがわかる。
りーくんは楽しそうに肩を震わせて笑った。
「冗談だよ。そんなことするわけないでしょ」
「も、もぉ……!」
「はは、真白かーわい」
耳まで熱くなった俺を見て、
りーくんは満足げにスクリーンへ目を向けた。
俺はというと、
映画が始まる前からすでに
心臓の忙しさがピークだった。
(もー、全然映画に集中できる気がしない……)
映画が始まると、
スクリーンの中ではいきなりサメが暴れ回っていた。
暗い館内に、水しぶきの音と悲鳴が響く。
「うわ、来た来た……!」
俺は前のめりになって、目を輝かせた。
予告の時点でワクワクしてたけど、
本編の迫力が思ってたよりすごい。
(これ絶対面白いやつだ……!)
完全に画面へ釘付け。
横でりーくんがちょっとだけ身をすくめて、
ちらっと俺を見る気配があった。
……が、俺は夢中で観ていた。
ド派手なアクション。
イケメン科学者がサメと戦うシーン。
ボートがひっくり返るところ。
全部最高……
エンドロールが終わって照明が一段明るくなった。
俺が興奮と余韻に浸っていると、
「おい……真白……」と、ぼそっと低い声がした。
「……ん?なに?」
「いや……なんでも……」
もしかして、俺が何かやらかした?
と思って横目で見たら、りーくんが
すっっっごい微妙な顔でスクリーンを見ていた。
「いや、なに?」
(……え、これ……完全にすねてるやつ?)
「俺……こういう映画嫌いじゃないけどさ……
怖いときに……その……ほら……
真白がぎゅって腕掴んでくれたり……
肩にもたれかかってくれたり……
そういうの……期待してたんだけど……?」
と、りーくんが小さーく言う。
……完全に拗ねモードだ。
「え、ごめん、めっちゃ楽しくて……」
「知ってる。
めちゃくちゃ目キラッキラしてたし……」
「俺は女の子じゃないから、わざと怖がるとか
そんな可愛いことできないよ?」
りーくんはぽそっと続けた。
「違う。女の子の可愛さが欲しいんじゃなくて、
真白が……俺に甘えてくれるのを期待してたの」
スクリーンよりも破壊力のあるセリフが落ちてきた。
(……む、無理……りーくん可愛すぎ……)
サメより心臓にくる。
りーくんは膝の上で指をもぞもぞ動かして、
“言うんじゃなかった……”
って顔をしている。
その姿があまりにも子どもっぽくて
俺は思わず笑いそうになるのを必死にこらえた。
(えー……かわいい……)
映画よりも、この人の可愛さのほうが刺激が強い。
薄暗い館内の中で、
俺だけがこっそりニヤけてしまった。

