俺は両親と一緒に学校へ向かった。
春の空気は少し冷たくて、それでもどこか浮足立ってしまう。

「いやぁ、真白が夏樹と同じ高校に行くって
言い出したときは驚いたよねぇ。
でも本当によく受かったわ。真白頑張ったよね」

お母さんが横でにこにこしながら言う。

「うん……受かってよかったよ。
もう一生勉強したくないけど」

苦笑しながら言うと、
その隣でお父さんがふんっと鼻を鳴らした。

「俺はもっといい高校に行ったけどな。
 私立がいいって言ったのに、
お前ら二人とも公立に行きやがって」

そこから、いつもの持論が始まる。

「夏樹なんか絶対に県内トップの私立に行けただろ。
 あいつは何を考えてるんだか……」

お父さんは呆れたようにつぶやくけど、
その言葉に妙な説得力があるのは否定できない。

「俺はこの高校の普通科もギリギリだったけど、
 おにぃは特進余裕で受かってるしね」

俺がそう言うと、お母さんは“まぁまぁ”と笑って流す。

おにぃと俺が選んだ公立高校は、県内でも有数の進学校だ。
お父さんは“私立信仰”が強いから、
本当はおにぃを最難関の私立に
行かせるつもりだったんだろう。

(俺は……まぁ、そこまで期待されてないけど……)

でもこの高校に受かっただけでも俺には大進歩だ。

(やっとおにぃとりーくんと同じ高校に通える!)

中学のころ、おにぃの親友、りーくんこと、東條 理人(とうじょう りひと)
よくうちに入り浸っていた。
二人でゲームしたり、課題したり、
くだらないことで笑ってる姿を何度も見た。

高校生活の話もたくさん聞いて、
(俺も、あの中に入りたいな……)
そう思ったのが、この高校を目指したきっかけだ。

自分で調べてみたら、
驚くほど偏差値が高くて一瞬固まったけど。
それでも毎日必死に勉強して——
こうして受かったんだから、頑張った甲斐はあった。

校門の前に着くと、
風に揺れる満開の桜が新入生を迎えてくれた。
淡い花びらの下で新しい制服を着た生徒たちが、
入学式の看板の前で順番に写真を撮っている。

(今日から本当に始まるんだ……)

三年間、ここに通う。
その現実を意識した瞬間、足元がふっと軽くなって、
そわそわした期待と、
知らない世界への緊張が同時に込み上げてくる。

俺は、今しかない淡い春の空気を
ひんやりした感触ごと、肺にめいっぱい吸い込んだ。