お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる



「帰ろう……」

そう思って、踵を返した。
だけど「キュッ」。

床でスリッパが鳴った。

(……やば)

その一瞬の音で、
りーくんが顔を上げた。

「……真白?」

胸が跳ねた。
逃げようとしたのに、
身体が固まって動かない。
りーくんが女の子の手をそっと離して、
まっすぐ俺の方へ近づいてきた。

「真白、どうしたの?
 下駄箱で待ってたんじゃ……」

その顔が近づいた瞬間。
ぽろっ――。
涙が勝手に落ちた。
自分でも驚くほど、あっさり。
堪えようとしても、
頬を熱いものが伝っていくのを止められなかった。

「……え、泣いて……」

りーくんが一瞬だけ女の子の方を見て、
「ごめん。じゃあ……そういうことだから」
と、軽く手を振った。

女の子は、
何か感情を飲み込んだような顔で帰っていった。
その姿を見届けると、
りーくんは俺の肩にそっと触れた。

「真白、こっち。……とりあえず中、入ろ?」

促されるまま、俺は腕を軽く引かれて、
誰もいない教室の中へ入った。
そして、りーくんは俺をそっと椅子に座らせて、
自分はそのまましゃがみ込んで俺の顔を覗き込む。

「どうしたの、真白。
 ……なにかあった?」

優しい声。
それが逆に胸をえぐってきて、
喉がつまってうまく息ができない。
言葉にならない音が、
喉の奥でぐずっと渦巻いた。

「………っ」

「……真白、ちゃんと言って」

「……りーくんが、好きなのは……誰……?」

「え?」

「……俺じゃないの……?
俺のことは、からかっただけなの?
この前……恋人いないって言ったじゃん……
嘘ついてたの……?何、さっきの。
手なんか繋いでさ、一緒に笑っててさ。
あんなの……もう恋人みたいじゃん!」

涙で視界がにじんで、
りーくんの顔がぼやけてくる。

「りーくんが俺のこと好きっていったんだろ!
だから、俺……
めちゃくちゃ意識するようになっちゃって、
ドキドキしっぱなしだし。
平穏に過ごしたいのに全然できないし!
醜い気持ちばっか湧いてきて、
自分がどんどん嫌な奴になる。
もう、高校入ってからグチャグチャだよ!
これ、全部りーくんのせいだかんな!」

自分でも信じられないくらい弱くて、
ひねくれてて、情けない声。
おまけに八つ当たりし放題。
でも、これが全部本音だった。

「もう、りーくんやだ……きらい……」

「真白!!」

俺はそれだけ言って教室を飛び出した。