列がじわじわ進んでいき、
ようやく俺の番が近づいた――その瞬間。
前にいた男子が、
棚に残っていた最後のパンをまとめて三つ掴んでいった。
(……うそでしょ……?)
目の前の棚は、ほぼ空っぽだった。
唯一残っていたのは、
“放課後のおまけ”みたいな、小さなドーナツが一つだけ。
「……これしかないか」
仕方なくそのドーナツを買ったけれど、
当然これだけで腹が満たされるわけがない。
(はぁ……もう今日は運ない……)
諦め半分で、
それでも空腹には勝てなくて、
俺は足をむりやり食堂の方へ向けた。
食堂の入口が見えた瞬間、
案の定、胸がぎゅっと固くなる。
3年生に混じって、2年生の“陽キャ軍団”が
わいわい騒ぎながら席を占拠していた。
笑い声も声量もバカみたいにでかい。
(……やっぱ無理……)
身体が勝手にこわばる。
(でも……背に腹はかえられない……)
腹の虫がぐーっと鳴いたタイミングで、腹を決めた。
俺は意を決して学食の列に並んだ。
幸い、昼休みも半分以上過ぎているせいで、
列はそれほど長くなかった。
(どうやって注文するんだこれ……?
番号?トレー?……え、先?後?)
初めての学食に軽くパニックになりながら、
前の人の真似をしようと注意深く見ていると――
「真白?」
後ろからりーくんの声が聞こえた。
その瞬間、救われたってほど大げさじゃないけど……
ほんの少し、ほっとした。
「学食珍しくない?ってか夏樹、普通にクラスで弁当食ってたけど?どうしたの、お前」
「……うん。
作ってくれてたんだけど……バッグに入れるの忘れた」
「どんくせぇ〜〜」
笑いながら、肩を軽く叩いてくる。
「で、はじめて学食きて上級生にビビッて、
買い方もわからんくてドキドキしちゃってんだ」
「うん……そう。
だからりーくん、買い方教えて」
「仕方ねぇな〜……」
そう言った次の瞬間、
りーくんがふっと俺の背後にまわった。
「じゃあ、ご褒美もらお〜っと」
「えっ?」
と思う間もなく、
りーくんの腕が俺の肩ごと包み込むように、
後ろからぎゅっと抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと……!
り、りーく……近い……!」
「助けてあげたらご褒美もらう権利あるっしょ。
買った後どうすんの?
こんな上級生ばっかのとこで、一人で食べんの?
いやだよねー?真白は。
俺が最後までついててあげるから、ね?」
耳のすぐ後ろから声がして、
背中に彼の胸の温かさがぴったり触れている。
列に並んでる他の生徒がチラッと見る気配がして、
顔が一気に熱くなった。
「ず、ずるい……」
「ずるくないずるくない。
等価交換だよ。ほら、前詰めるよ~」
そのまま抱きついた状態で、
りーくんは俺の両肩を軽く押して、列を一歩前へ進める。
(……無理。心臓、死ぬ……)
昨日会えなかったのに、
こんな時だけ距離が近い。
それが嬉しくて、
でも苦しくて、
“好き”に気づかないふりをするのも
だんだん限界になっていった――。

