俺は親二人と燈佳が寝ている寝室の扉をそっと開けた。
カーテン越しの柔らかい光の中で、
燈佳だけがまだ天使みたいな寝顔のまま、
すやすや眠っている。

「燈佳、おはよう。起きるよ。朝ごはんできてるって」

ベッドの端に手をついて声をかけると、
燈佳は布団の中でもぞもぞと動き、ゆっくりと目を開けた。

「あれ……? 真白だ……」

「そうだよ。ほら、早く起きな」

まぶたをぱちぱちさせながら、
燈佳はぼんやり俺を見つめる。
それから、はっとしたように目を丸くした。

「あ……! 真白、夏にぃみたいになってる!」

「今日から俺も高校生だよ」

そう言って笑うと、燈佳はぱぁっと顔を輝かせて、

「真白、かっこいい!」

と、そのままぎゅっと抱きついてきた。
まだ温かい小さな体が胸にしがみついてきて、
思わず苦笑する。

「もう燈佳も年長さんだろ?
抱っこじゃなくて自分で行こうよ」

「じゃあおんぶにする。真白、おんぶ」

(……)

俺は、この顔にめっぽう弱い。
燈佳は、俺が四年生のときに生まれた。
それはそれは玉のように可愛くて、小さくて……
歳が離れていることもあり、両親はもちろんのこと
周りの大人たち全員が燈佳を溺愛した。
そして俺も、その一人だ。

そんな末っ子に、
上目づかいで両手を広げて「お願い」なんて言われたら……

「……はいはい、もう仕方ないな」

片膝をついて背中を向けると、
燈佳は嬉しそうに体を預けてきた。
もうすぐ六歳になる燈佳は、そこそこ重い。
けれど、背中越しに「真白だいすき」とか囁かれると、
その重ささえ悪くないと思えてしまうのだ。




朝ごはんを食べ終わったころ、
トイレにこもっていたお父さんがようやく姿を見せた。
新聞片手にあくびをしながら、「よし、撮るか」
と当然みたいに言う。

朝比奈家では、
誰かが入学を迎えるたびに
玄関の表札の前で家族写真を撮るのが恒例だ。
今日は俺が主役だから、真ん中に立つことになった。

「真白、センター。背すじ伸ばせ」

お父さんがスマホを構え、
お母さんは「ほら、夏樹もちゃんと入って」
と小声で促す。

「もうこれ何回目だよ……」

おにぃは文句を言いながらも、
結局ちゃんと俺の横に立つ。
いつものことだ。

燈佳はまだ半分眠そうな顔で、
俺の制服の裾をそっとつまんでくる。

「はい、整列して〜。真白、笑って笑って」

お母さんに言われて、ぎこちなく正面を向いた。

「入学おめでとう、真白」

お父さんの声とともに、
スマホのタイマーが響く。
そして五秒後にカシャッとシャッター音が鳴った。