「真白、おつかれ。一緒に帰ろ?」

不意に横から声がして、
俺はビクッと肩が跳ねた。

(……見つかった。
完璧に隠れたつもりだったのに……)

「どうしたの? 真白、なんか元気ない。
嫌なことでもあった?」

さっきの会話――
“可愛い子ちゃん”だの、“見せない”だの。
あれを俺が聞いていたなんて、
りーくんは当然知る由もない。
だから、いつも通りの顔で
まっすぐ俺の目を覗き込んでくる。

「ううん、なんにもないよ。……帰ろ」

そう言って歩き出そうとした瞬間、
りーくんに手首をそっと掴まれた。

「真白」

立ち止まった俺の前に回り込んで、
逃げ道を塞ぐみたいに、まっすぐな目で言う。

「絶対なんか隠してるでしょ。……言ってよ」

その声は優しいけど、強い。
逃げても無駄だと分かってしまうくらいの
真剣さだった。

「俺に言っても何も解決できないかもしれないけどさ。
でも、話したら少しは軽くなるかもしんないじゃん?」

一呼吸置いて、少しだけ眉を下げる。

「……それとも、俺には言えないこと?」

胸の奥がきゅっと縮まる。

(元凶のくせに、何真剣に心配してるんだよ……)

思わず湧き上がる、言葉にならないぐちゃっとした感情。
もう悩むのもバカらしくなって、
俺は素直に口を開いた。

「ねぇ、りーくん。“可愛い子ちゃん”って誰?」

理人の目が一瞬だけ大きくなる。

「昨日あんなに俺に好きって言ったくせに……
彼女、いるの?」

言った瞬間、自分の胸にツキン、
という痛みが走った。

それは驚くほど小さくて、なのに刺さった場所から
じわじわ、じわじわと痛みが広がっていく。

(……なにこれ。なんで痛い……?)

そんな俺の前でりーくんは、
目をぱちぱちさせて完全にフリーズした。
そして目の前で特大のため息をついた。

肺の底の空気まで全部吐き出すみたいな、
深くて長い、呆れ返ったため息。

「……はぁぁぁぁ…………」

俺はなぜか胸の奥がじくじくした。

「真白さぁ……」

ゆっくり顔を上げた理人の目は、呆れと苦笑の入り混じった黒。

「可愛い子ちゃんなんてさ、
真白しかいなくない? 他に誰がいんの?
どこにいんの?いたら逆に俺が教えてほしいんだけど」

「……え?」

「ていうかさ、一緒に帰る約束したよね?」

軽く眉を上げ、わざとらしく首をかしげる。

「可愛い子ちゃんが待ってるからって、
真白しかいないじゃん。誰のことだと思ったわけ?」

「っな……、で、でも……」

「なに? もしかして嫉妬でもしてくれたの?」

至近距離でにゅっと顔を近づけてくる。

「ちょっと傷ついちゃったりした?
胸がチクってした? したよね?」

「し、してない!」

「ほんと?でも、彼女いるの?って聞いてきた時の顔、
超不安そうだんたんだけど」

「そ、そんな顔、してない!」

「えぇ~?もしそうなら、めっっちゃ
嬉しかったのにぃ~」

ぽそっと囁く声が、耳の奥で甘く震えた。

(これって、もしかして……)



俺は自分の中に芽生えた小さな名前のない
感情にドキドキしていた。

知りたい、でも知りたくない……

あいまいな感情の狭間を行ったり来たりしながら、
俺はりーくんと並んで校門目で続く桜並木を歩いた。