お兄ちゃんの親友が、俺にだけ溺愛がすぎる






頭の中がまったく整理できないまま、
俺は晩ご飯の席に座っていた。

今日のメニューは、
大好きなサーモン丼に唐揚げ、
そしてデザートはイチゴという完璧ラインナップ。

普段なら小躍りするレベルなのに、
今日は食欲よりも脳の処理落ちが勝っていた。

「真白、どうしたの? いらないの?」

お母さんが心配そうに覗き込んでくる。

「あ、いや、食べる食べる……」

そう言いながら醤油を丼にかけようとした瞬間、
ツルッと手が滑り、醤油がテーブルにたわぁっと広がる。

続けざまに、
唐揚げを箸でつまむも——
ポトン、と無情に皿から落下。

さらには、イチゴを口に運んだはずが、
なぜか口の横を通り過ぎて
そのまま床にコロコロ転がっていった。

(……俺、今日どうした?)

自分でも呆れるレベルのまぬけっぷりだ。
隣では、おにぃが特大のため息をついている。
ついには燈佳に「ましろ、おれよりたべるのヘタだね」
なんて言われてしまい、俺は返事すらできなかった。



夕飯を終えて部屋に戻ると、
俺はとにかく“冷静になる”ことに必死だった。
さっきまでの出来事が、全部夢みたいで頭が追いつかない。

(……落ち着け。まずは整理しろ、俺。)

深呼吸して机に向かい、
なぜか無意識に辞書を引っぱり出していた。

“恋(こい)”

〈特定の相手に深い愛情を抱き、その存在が身近に感じられるとき、他のすべてを犠牲にしても惜しくないほどの満足感を得られる状態。
心が高揚する一方、破局を恐れて不安と焦燥に駆られる心理〉

(……なんか重くね?)

ページをめくる。

“彼氏(かれし)”

〈彼を第三者的に捉えて言う言葉。
恋人、婚約者などを指す婉曲表現〉

(……いや、だから重いって……)

さらにページをめくる。

“ゲイ”

〈男性同士の恋愛感情・性指向をもつ人〉

(……言葉の意味は、わかる。
わかるけど……)

辞書を閉じる手が、じわっと汗ばんでくる。
どの言葉も、
説明としては理解できるのに、
自分に当てはめた瞬間、途端に全部ピンとこなくなる。

(……俺、今どのポジションなん?
どれなん?どこに入るん?)

胸の奥がざわざわして、
どこかくすぐったいような、苦しいような、
とにかく、なんか落ち着かない。

(りーくん、明日迎えに来るって言ってた。
どんな顔して会えばいいんだよー)

辞書をぱたんと閉じたあと、
俺は机に突っ伏した。

(……もう無理……)

カバンからイヤホンを引っこ抜き、
スマホを手探りで操作して、
普段なら絶対出さないレベルの爆音で音楽を流す。

鼓膜が震えるくらいの音で、
今日一日、酷使しすぎた脳を
“物理的に”シャットダウンしようとする。

考えるな。
感じるな。
脳みそ、黙れ。

それだけを目的に、
俺はただ爆音に身を沈めた。