幼馴染からバイかも知れないと言われた時の最適解

「ねぇー、もうそろそろ機嫌直してよぉ」
 おれが一年前に誕生日プレゼントにあげた香水の香りがさっきからうろちょろしている。自分で選んだものなので良い匂いがして絆されている気がする。クソ、スパイスが効いたウッディなアロマなんか渡すんじゃなかった。完璧におれの好みじゃねえか。
 気を抜けばついため息をつきそうになる唇を押さえて、笑顔が引き攣らないようにニト、とまなじりを緩めて文也を見た。
「東藤さん」
「……うそ、そんなに怒ってるの……」
「今自習中でしょう? 静かにしてください」
 あとなんでおれの隣の席にいるんだよ、という純粋な疑問は飲み込む。おれの隣の席静かな女の子なんですけど。本の趣味が合うから仲良くしている遠藤さん。あとで本貸してもらおうと思ってたのに。
 クラスを見渡して探したら仲の良い女子の隣に移っていた。どうして。そこ野田の席だろ。
「えーんてんちゃん」
 きっとコイツがおれが寝ている間にみんなに根回ししたんだろうが、今追い詰めたら癇癪を起こして泣き喚くか、あのお綺麗な顔面でおれがギブするまで逆に追い詰められるだろう。
 ため息をひとつ献上するに押さえた。及第点。てかなんで逆ギレする前提なんだおれは。
「おこんなくていいじゃん……」
 朝から漫画みたいな騒ぎを現実で起こしやがった文也は、ぶう、とぶすくれて机に突っ伏している。さらさらした髪の毛が揺れる。さっきから視線死ぬほど集まってますけど。と、恨めしくて視線を送る。どうせ朝の件はクラスのみならず学校中に広まっているのだろう。頭が痛い。
 こめかみを押さえてうんうん唸っていたら、トン、と肩を叩かれた。
「ご愁傷様、穂波」
「……野田……」
 同情するように眉を下げて笑っている。野球部の野田だ。体育祭実行委員で仲良くなった。仏のような菩薩のような顔をしている。暴れ馬の幼なじみがいる共通点は案外絆を強くする。
「朝から大変だったねぇ」と、その後ろから顔を出したのが戸田。野田の幼なじみだ。
 片方だけ上がった口角で、色素の薄い栗色の髪の毛。うげ、と声に出すとなんだよと凄まれた。別に何でもないです。
 このクラスのみならず学年を牛耳る一軍男子軍団の中心人物と言おうか。戸田野田コンビとか言って。よく文也とつるんでいる二人でもあった。そしてたいてい面倒事に巻き込んでくるのであんまり好きじゃない。咄嗟に愛想笑いを浮かべる。
「その人の悪い笑いやめろください戸田」
「え? 失礼だなあ」
 つい心の声が漏れると、戸田のほうにニコニコと何かを企んでいるような顔で笑いかけられる。口角がひくついて、愛想笑いが完全に固まった。
「おいこら、戸田、あんまり穂波イジめんな」
「えーイジめてないんだけど」
「イジめられてないです」
「なんなんだこいつら」
 野田のツッコミに、クラスの向こう側から笑い声があがる。勝手に人の会話聞くなよ。いや、ちがうか、こいつらの声がデカいのか、と自分を納得させる。
 それから、俺も構ってよ、と隣からの視線がうるさい。はぁ、と本日通算十二回目か三回目のため息をお見舞いして、全力で人相の悪い顔を文也に向けた。
「なあ」
「顔怖」
「あ?」
「はいなんでしょう」
 机に伸びていたからだを起こして、おれに向き直る。よろしい。おれも中途半端にもっていたシャーペンを置く。
「朝の話だけど。……別に怒ってる訳じゃない」
 だからそんな顔するな、と肩に手を置く。文也はおれの言葉にほっとしたのか顔をいささか明るくしたが、すぐに元に戻る。なんなんだおまえ。
「……でも、やり方が、強引でした」
「分かってるのかよ」
「育てられましたから」
「誰がママだ」
「マッマ」
「帰れ」
 お口が悪い! とどこかのオネエの真似をした文也が、いくらかすっきりしたような顔でおれの方を見て笑った。
「てんちゃんなら許してくれると思った」
「……外堀からガッツリ固めた奴が何言ってんだよ……」
「んん?」
 照れ隠しにかわいくないことを言うおれを、見透かしている。居心地が悪くて口元をもごもごさせていると、にっこりと笑って、「あとで行き先一緒に考えよ」と肩を寄せてきた。とん、とぶつかる。
 もう何もしたくなくて、英語のプリントを完全に放棄して肩に頭を預けた。
「ん、寝る?」
「行き先は遊園地な。戸田野田も一緒」
「え」
「ハ!?」
 後ろから聞いたことのない戸田の声が聞こえて来るのに、クク、と喉で笑って「おやすみ」と声をかけた。あとはまあ、文也がなんとかしてくれるだろう。王子様ならどうにかできるはずだ、たぶん、うん。おれはもう知らない。
 妹が言っていた。ドキドキワクワクする恋愛なら、気になる人とその人の友達との「ダブルデート」がいいと。その人が普段どんな人とつるんでいるのか見えるし、友達に対してはどういう人なのか見れるから! と。ちなみに妹は仲良しの人に粗雑な物言いをする人は即アウトと言っていたので、お兄ちゃんは肝が冷えました。
 最近の小学生怖いわぁ、と考えながら、ぎゃあぎゃあ騒ぐ戸田と文也を宥める野田に内心手を合わせた。