幼なじみ(自称バイ)からの執着が止まらない件

 ぱち、ぱち、と弾ける。音が聞こえる。
 それは、おれの心臓の音だった。文也がぐっと噛みしめて笑う。指先が絡んだ。
「俺が殴ったのは、照生のためじゃない。俺のため。俺だって好きな人罵られて黙ってられないよ」
 それに、俺が好きになった人は、そんなことを言うようなくだらない相手はぶん殴っちゃうしね、とウインクされる。お茶目だ。おまえ、と言いかけたおれの唇を人差し指で封じた文也は、泣いているように睫毛を伏せて、
「このピアスホールは、ちょっと血迷ったんだ。ああ、もう、俺の手に入らないならいっそ自分のもの全部捨てて、そっち側に行こうかって思っちゃったんだ。ごめんね」
 と笑った。
 分かってしまった。彼が言う「そっち側」というのが、おれがいた場所なのだと。あの荒んだ世界を指しているのだと。
 胸の奥に湧き上がる怒りにも似た熱い感情が、苦しい。腹の底から震える。
 そして、ふと、気付くのだ。
 その感情はずっと自分の胸にあったものだと。世の中のすべてがくだらなくて、信じられなくて、自分を傷付けることで意味を示そうとしたあの中学二年生のときから、ずっとおれを受け入れてくれる文也に向けていた、後悔や執念。
 文也からも等しく向けられていた、ほぼ憎しみと同じような、重い思い。目を見れば分かった。その姿を見て、声を聞いて、向き合っていれば分かった。もっと早くにでも気づいたはずだ。
 ――だって、今も、文也の目は雄弁だ。
 お前が好きだと言っている。おれの目とおんなじことを言っている。
 話さなければいけない、と思った。「話したいことがある」と言って姿勢を正すと、文也もつられるように背筋を伸ばす。
 恋愛は嫌いだ。こわい。手をつないで、一生一緒だからね、約束だよ、なんて笑いながら、おれはいつだって裏切られるいつかの未来を見ている。そして怯えている。
 でも、それが、もし。
 おまえとなら。

「好きだ。文也。おれもおまえが好きだ」

 正直なところ、と付け足す。「自覚したばっかで、持て余してる。恋も愛も、あんまり興味なかったし、今でもちょっと怖い」
 文也は本心からのおれの言葉に、そんなことくらい分かっているよとでも言いたげな顔で頷く。愛おしいと同時にちょっとムカついて、痛くない程度に鼻先をつまんだ。
「ふふ」と笑うのにつられておれも笑う。
「葛藤もある。同性を好きになるのなんて初めてだし、正直、トラウマもあるから、うまくできるか分からない」と言うと、すぐさま「大丈夫。そんなのもともと期待してないから」と笑われる。
 そういうところが好きだ、と思った。口にも出ていた。
 顔を真っ赤にして、ええ、うう、と言っている文也の手を、今度はおれから取る。
 キザすぎるので、唇を寄せることはできなかったけれど、ココア色に滲んだその愛おしい目を見て、ゆっくり、この気持ちが伝わるようにと願いながら言った。

「おれで、よかったら」
 ――付き合ってくれませんか。

 みっともなく緊張と歓喜で震えるおれの声を聞いて、文也はきらりきらりと目を輝かせる。この世のすべてのきれいなものをかき集めてひとつに固めたみたいに美しい目をして、そうして、文也はココア色の甘いまなざしを涙にとろけさせて、ガーゼと絆創膏だらけのみっともない顔で、それでも、この世のなによりも美しく微笑むのだ。
 照生、と誰よりも優しくおれを呼んで。
 誰よりもあたたかい腕の中に誘い込んで。
「よろしくお願いします」と、ぼろぼろの顔で、涙が染みて痛いと大騒ぎしながら、泣き笑いするのだ。
 文也が笑う。つられておれも笑った。とんだ遠回りだ。ぐしゃぐしゃに乱れた髪の毛に縋って、はじめからそう生まれたように二人腕を巻き付けて抱きしめ合う。「暑苦しい」「うるさい黙ってろ」なんて言いながら、ロマンチックすぎるかと二人そろったタイミングで体を離した。
 なあ、文也。お願いだ。
 おれは小さく心の内で呟く。おまえがみっともなくても、どれだけ不甲斐なくても構わないから、おれをおまえの傍に置いてくれ。

 おれだけに許されたその位置を、まだおれに許していてくれ。