人は、人のどこを見て「この人が好きだ」と確信するのだろう。
小柄な身体には少し大きいセーター。アーモンド型の目にあわせて上がったまつげ。スカートを握り込んだ小さい手がカタカタ震えている。
ちがうクラスで、たまたま委員会で一緒になった子だった。
これで気まずくなんのもいやなんだけど、まあ。なんだかなあ、と同情半分の冷めた心地で見ていると、
「穂波さんっ」
名前を呼ばれて、ハッと意識が戻る。「はい」と返事をかろうじて返した。やべ、ぼーっとしてた。
放課後。体育館裏。
ずいぶん、まあ、ありきたりな展開だと言おうか。一年の頃から通算七回目のそういう展開だ。
目の前の彼女には大変失礼ながら、はやく部活に戻りたい、と足の裏がそわそわしている。
「わたし、その、……」
バレーボール二個半の身長差。うん、と頷いて促すように腰を曲げて顔を覗き込んだ。とたん、「キャッ」と悲鳴をあげて後退りされる。眼の前には可哀想なくらいに顔を赤くした彼女が、あ、あわ、と意味にならない声をあげながら顔を覆っている。
地味に傷つくなあ、それ。目尻が引き攣るのがわかる。
今二割増しの優しい顔してたはずだけど、と怪訝に思い、頬をもにもに揉みながらそっと身体を引いた。中学の頃にグレてヤンチャをしていた頃よりか柔らかくなったが、まだそういう雰囲気が抜けていないのかも知れない。怖がらせたのなら悪かったな、と思いながら続きを待つ。
女子は顔を赤くして、ぎゅっと拳を握って言った。
「穂波さん、好きです! お付き合いしてください!」
なんと返事をすればいいのか分からず、困ったように眉をかすかに下げた。
ああ、やっぱりこれか、と思った。
この時の、歓喜なのか、落胆なのかよく分からない気持ちを、おれは、未だうまく消化できずに持て余している。嫌悪、に近いのかもしれないな。我ながら最低な男だ。ごめんと内心で謝ってから口を開く。
緊張状態の人間に、おれのぶっきらぼうな声は威圧的だ。なるべく刺激しないように。当社比優しさ二割増し。
「……ごめん」
今は部活を優先したいから、と優しく微笑んでみせる。良心が痛むのには知らないふり。涙を堪えている彼女にハンカチを差し出した。返さなくていいからね、捨ててね、と念を押してその場を去る。
できることなら慰めてあげたいが、その優しさは薬にはならない。
まばゆくて、ダメだと思った。
きっと、あんな気持ちを知ることはない。知りたいとも思わないから。人が人を尊ぶ気持ち――愛を尊いものとして見ることができない。人を深く知らないうちに心を奪われて自分が自分じゃなくなってしまうだなんて暴力的な感情は知らない。
人は、一体おれのどこを見て「好きだ」と言っているのだろう。
誰かに好きになられることが、心底気持ち悪い。おれのどこを見ているのか、どこを「好きだ」と思うのか、分からないから。その得体の知れない視線が怖い。
――だっておれは、熱く甘いそれがいつの日か、どす黒い悪意に転じることをよくよく知っている。
そして、その刄が向くのは、大抵の場合おれではなくておれの大切な誰かなのだ。
