幼なじみ(自称バイ)からの執着が止まらない件

 正直に言うと、学校でもつねにべったりくっついているニコイチのおれたちには紙に改めて書く話題なんてないから、もっぱら話題はお互いの部活の話か、ふだん口には出せないような恋愛のことだった。
 右肩上がりになっている達筆な文也の字は、ふだん綺麗に羅列しているのにも関わらず、恋愛の話になると消したあとがあったり筆圧が強くって紙の裏がそこだけぼこぼこしていることがあった。なんだかそれが可愛かった。不器用なんだなあ、と思って、眠る前に読み返してそこをなぞったりした。
「バレーの練習きつかった。レシーブが思ったよりも上手くいかない」。水色のペンで文也の文字が下に書きつけてある。「おつかれ! 照生はセッターの時のクセが抜けてないから、レシーブのとき反応遅れるんだよ~」と。
 そういえば確かに、と思い至って次の練習で手を守らずにフライングをする勢いで突っ込んでいったらコーチに「レシーブ急に上手くなったな!」とビックリされた。
 反対に文也が「ゲームメイクむずい」とこぼすと、「バスケは専門外。ふみはバレーのとき攻撃のタイミング見間違えるときあったから、攻撃を防御にしようとするのが悪手かも?」と返す。次の日、窓を開いたら開口一番に「ゲームメイクなんとなくわかってきた!」とはつらつとした笑顔を向けられた。
 交換日記では、水色のペンが文也で、紫色のペンがおれだ。
 美術の授業でもその色分けは継続された。文也は大体のアタリと陰影が終わると、クロッキーか鉛筆のデッサンだと言われたのにも関わらず先生に「せんせぇ、おれ水彩で色つけてもいい?」と交渉してゴーサインを貰っていた。おれはまだ彼の輪郭と髪の毛のアタリ、首を描いていた。
 その際に背景の色に選ばれたのが紫色だったのだ。濡らした表面に溶いた顔料を落とすと、「おおおお、きれいなPV23」と美術部でもコアな人しか知らないようなことを口走っていた。
 前回の下書きがあんまりにも気に入らなくて練り消しで微調整をするのにも疲れ、休憩をしようかと思っていたときだった。
 椅子を寄せて手元を覗き込む。パレットで色を混ぜるのがあまり好きではない文也は予想通り、筆に絵の具をちょっとだけ付けてそれだけで背景を仕上げていた。面倒くさがりにも程があるだろうと思うのだけれど、楽なのが好きなのはおれも一緒だ。
「どこのやつそれ」
「何に見える?」
 紫にしては深い色だ。どこのだったかなぁ、と思いつつ、思考も面倒なので「ターナー」と大手の名前を出した。
「ぶぶー、マイメリでしたあ」
「適当に言い過ぎたな」
「ほんとそうよ。これ440番ね」
「お前のお気に入りのやつじゃん」
「よく覚えてるね」
 真剣に、それでもってどことなく楽し気に微笑みながら筆を動かす横顔をじっと見つめる。絵を描くとなるとどうしても詳細までじっと見なければ描きこむことができない。
 肌の色はピンクベース。オレンジベースのおれの肌よりか赤みが出やすい。おれも後で色を付けてみよう。
 額は丸い。文也が真剣に描き始めたのをいいことに、下している髪の毛をぺいっと持ち上げて生え際からEラインまでをじっと観察する。横から見たら、なめらかなカーブだ。ふだん髪の毛で隠れているのが勿体ない。鼻根は高く、凹凸のないまっすぐな鼻筋が通る。鼻先は小ぶりに丸い。深く短い人中、ツンと尖った上唇。ゆるうと上がった口角。唇は案外薄い。女子生徒が「文也ってきれいなM字リップだよね」と言っていたことを思い出す。
 鉛筆で何度も重ね、その輪郭を描き出す。
 東京の美容外科の執刀医なんかが卒倒しそうなほど理想的な形をしている鼻をなぞり、鼻先を小さく丸める。
 なによりも、綺麗な目。小豆色よりも深くあたたかいココア色の瞳孔。おれは単純に文也の目がほんとうに好きだ。形が綺麗で、作り物のように透き通っていて、あたたかい。奥二重にも思えるほど狭い二重幅。そういえば文也はこんなに睫毛が長かったのだと、黒々とした長い睫毛がばさりばさりと瞬くのを見る。睫毛が長い、なんて、本当に少女漫画の主人公じゃないか。
 若干ストレートネックぎみなのが玉に瑕だ。定期的にストレッチをさせようと決める。朝の情報番組でやっていたのを録画してあったはずだ。
 たしかに、きれいな骨格と配置だ、と思い至ると同時に、逆だな、と思った。逆ってなんだ。
 なんの違和感だろう、と考えていると、文也が「見終わった?」と尋ねてきた。
 おれが見ているから動かなかったのだろうと思ったが、同時にガン見していたことに恥ずかしくなって「見てない」と真顔で答えた。「ははあ、苦しい嘘」とぼやいた文也はちゃんとシメた。
 帰ってから日記を書いているときに、そういえば、と違和感の正体に思い至ってちゃんと書いた。
 マイメリのバイオレットには到底及ばない極彩色の紫色で、「そういえば文也の右横顔は見慣れなかった。いつもおれが文也の左側にいるからだと思う」と。
 日記には、たわいもない質問が重なることもあった。
「好きな食べ物は」と紫色。丸にかこまれた、ふ、の字のあとに「最近はバナナチップスにはまってる」と続く。紫色でその下に「おれ最近はマロングラッセ」と続くと、水色が大きな花丸と「それも大好き」と大きなハートをつけた。
 食べ盛りのおれたちの話題は食べ物も多かった。チゲ鍋をつくったという文也にレシピを教えてくれと書くと、次のページに両面に詳しくレシピが乗っていた。二日後の日曜日に作って、新しいページに写真を貼って渡すと、文也から「今度は豆乳鍋作るね」と続く。おれからは甘いものがすきな文也のために昔作ったことのあるフレンチトーストのレシピを書いた。その翌日に写真が貼られていた。