お弁当をもって屋上に向かう。野田と戸田もついてきた。
うちの高校は屋上が自由に出入りできるため、受験を控えた三年生は教室で勉強している人が多いからと受験をしない人たちは屋上で食べることが多い。二年生でもふだん使っているのはおれたちだけだ。
引退した部活の先輩が入り口にたむろしていて、中心にいたキャプテンと副キャプテンに声をかけられた。インターハイ後からは久しく顔を見ていなかった。
「お、穂波」とキャプテンが手を上げる。隣にいた副キャプテンもすぐに気づいて、不思議そうな顔で「10番もここでメシ?」と言われた。すでにおれは10番ではないのだが、訂正しても変わらないのは分かっている。
「キャプテン、副キャプテン!」
文也に目配せして輪から抜ける。奥の方にいるから、と手を振られたので振り返した。
「あれ、例の彼?」と副キャプテンに聞かれて首をかしげる。例の、とはなんだ。副キャプテンと首を傾げあっていると、キャプテンが合点がいったように笑い、「噂になってたんだよ。ビッグカップル誕生みたいな」と言った。
ビッグカップルとは。また同じように副キャプテンと首を傾げる。おれたちを見て恋愛関係と思う人がいたのか。一体。今更男同士だとか言うつもりはない。
一足先に首を傾げ終わった副キャプテンが「10番はバレーでも花形だから。彼みたいなのとつるんでると目立つんでしょ」と平坦な声で説明してくれたが、ますます意味が分からなかった。目立っているつもりはなかったのですが、と内心で思っていると不服が顔に出ていたのか二人に宥めるように肩を叩かれた。
先輩の優しさなのか意地の悪さなのか分からないところがたちが悪い。
「ま、あんまし騒ぐべきじゃないよな」
「本人たちがどうであれ外野があれこれ言うべきじゃない、10番、強く生きろよ」
うんうんと頷き合う二人の間で虚空を見つめる。
「論理飛躍しすぎじゃないですか。置いていかないでください。あとおれ10番じゃないです」
「え、何番になったの」
「10番は10番だよ」
「4番です。あとおれの名前10番じゃないです」
二人に派手に笑われ、意味が分からないまま軽く部活の状況を伝え、以前相談していたサーブのコツを教えてもらって別れた。奥へと進み、もう弁当を半分食べ終わっている三人のところに腰を下ろす。
「なんだったの?」
と文也に聞かれたので、三日に一度の割合で奪われる卵焼きを死守しながら「ビッグカップル誕生みたいな話」と答えた。口に出してみるとますます意味が分からない。意味わかんないんだけど、と続けてなんともなしに隣を見ると、文也が人形みたいな顔をしていた。久しぶりに見たからびっくりした。
「……へえ」
「何その顔」
「なんでもない」
一応訊いてはみたが、この顔をしているときは何も触らない方がいい。
無言で弁当を食べ進める。時々横からおすそわけがくるので同等のものとトレードした。潔癖のきらいがある野田は毎度毎度「ウゲェ」みたいな顔をしているので、恒例の顔芸はまあまあ面白い。気にすんなよ! と屈託なく大声で言った文也は「気にするだろ公共の福祉」と返されていた。文也は懲りずに「俺たちの行動が公共の福祉に影響する部分大きすぎじゃね。俺らって地軸?」と抜かしていたので横から肘を入れた。
食べ終わり、教室に帰って次の授業ダルいと話していると、ふと文也がロッカーに向かった。四人で固まっていたおれらは完全に置いていかれて、顔を見合わせ合う。帰ってきたと思ったら、その手には紙袋があった。なんだそれ、と視線を送ると、華麗に無視して紙袋をべりべり破いて中身を取り出しはじめる。
目に入ったのは、パッションピンクだった。おれでも見たことがある国民的キャラクターがかいてある。妹が好きなキャラなので知っていた。理屈が理解できない髪型をしたメルヘンな動物のキャラクターだ。
「おい、文也」
さっきからずっと文也がおれをガン見している。それ、おれにくれるわけじゃねえよな。さすがにな。自分が無理な現実逃避をしようとしていることは分かっている。自分でも分かっている。いや、でも、本来ならこの状況をつくり出している張本人のほうがよっぽど恐ろしいはずなんだ。誰かツッコミをしてくれ。
この状況で戸田も同じような真顔だし、野田も虚無の目をしている。おれに丸投げしないでくれ、と肩をゆするが反応がない。文也は相変わらず真顔だ。真剣に平成女児ノート持ってんじゃねえよ。理不尽な苛立ちが湧いてきた。
「おい、ふみ」
「ん、なあに、てる」
「……ウゲ、きもい声出すな」
「ひどいっ」
ラメかグリッターか知らないけどギラギラしている物体をできるだけ押しのける。
小さいころに折り紙セットのなかにはいってたギャラクシー色みたいだ、とぼんやり思った。
試しに眼を擦ってみても変わらない。現実で信じられない漫画みたいなことをしてしまった。明らかに平成女児向けのプロフ帳かなんかを持っている幼なじみ。さすがに情報が追いつかない。なんでそれを高校に持ってきた。文也が神妙な顔でそれをおれに向ける。顔がきれいでムカつく。いや、ちがう。そうじゃない。待て。待て待て。ちょっと待ってくれ。
「ねえ、照」
「ねえごめんスゲェ嫌な予感する。逃げていい?」
返事を聞く前から逃げようと立ち上がると、隣にいた野田にぎっちり掴まれた。おまえは味方だろうが! ギャンッと吠えても野田は菩薩の顔のまま動かない。「人生には時々諦めたほうがいい時がある」って言っている。いっそ怖いよ。
「野田っちのこと見ないで俺のこと見て」
「ヤンデレ彼女みたいなこと言うやん……」
「おいこら照生」
「いや、ちょっと待て。ちょっと待て、頼むから」
「やだこういうのは困惑して正常な判断ができない時に押しつけるもんなの!」
「それ本人に言うなよ!」
ギャンギャン吠えあうと、戸田野田コンビが「おー、また始まった」「なかなか飽きないよねえ」と笑っている。文也は演技じみた風に息を整えると、両手でノートを持っておれに差し出した。野田のせいで動けないおれの胸にとん、とゆだねられる。
ノートの表紙に書かれたキャラクターと目が合った。
「てんちゃん、これしよ?」
「……ついに頭おかしくなったか」
大真面目な顔をしているおれら二人の間に挟まったパッションピンクという絵面に耐えられなくなったらしい野田が、ぶっあっはははは! と噴きだした。戸田が、はあ、とこれ見よがしにため息を吐く。
「いや、ここまでくるときもい。気持ち悪い。大変外でやってほしい」
「よし照生、グラウンド行くぞ」
「物理的な話じゃねえだろ」
まてまて、とすぐに出て行こうとする文也の襟元をがっつり掴む。
おれは犬のしつけをしてるのか? 絶妙な顔をしていたのか、野田がまた吹き出した。頼むからもうおれの顔を見るな。死んでる自覚はおれにもある。
「ほんっとおまえらどっちがしっかりしてんのか分かんねえな」と野田が涙を拭きながら言った。
「は?」
おれだろ、とふつうに答えたつもりが、なぜかもう一人の声が重なる。ギリ、と手のひらでワイシャツが変な音を立てた。起き上がり小法師の顔を鷲掴みにする。「てる! いあい! いたい!」と騒ぐ男の頭を引き寄せて叫んだ。
「おれだろ! どう考えても!」
「はあ!? リモコンの使い方わかんなかったてんちゃんには言われたくないね!」
「ばっ、――それは! おまえの家のリモコンがなんか意味わかんねえ機能いっぱいあったからだろうが!」
「ははーん!」
「くそ、大体おれと交換日記して何が楽しいんだよ!」
「なんで俺の楽しみを照生が決めるんだよ!」
「おれが当事者だからだろうが! せめてやるならノートを変えろ!」
「やだ! これ冬美さんからもらったやつなの!」
「誰だよ!」
「兄さんの彼女だよ!」
「知るか!」
もうすでにパッションピンクの押し付け合いみたいになっている。らちが明かない。大体こういう風になったとき、文也はおれに折れないからすでに負け戦なのだ。
仕方がない、と観念したおれに気がついたのか、文也がにやにやしながらノートをおれの手に握らせた。
「おまえ顔ウザイ」
「見目麗しいと言いなさい」
「誰が言うか黙れ起き上がり小法師」
「理不尽!」
ギャンッと吠えた文也に、戸田野田が呆れたような顔でサムズアップしていた。どこからどう見てもサムズアップの相手はおれだろうが。
うちの高校は屋上が自由に出入りできるため、受験を控えた三年生は教室で勉強している人が多いからと受験をしない人たちは屋上で食べることが多い。二年生でもふだん使っているのはおれたちだけだ。
引退した部活の先輩が入り口にたむろしていて、中心にいたキャプテンと副キャプテンに声をかけられた。インターハイ後からは久しく顔を見ていなかった。
「お、穂波」とキャプテンが手を上げる。隣にいた副キャプテンもすぐに気づいて、不思議そうな顔で「10番もここでメシ?」と言われた。すでにおれは10番ではないのだが、訂正しても変わらないのは分かっている。
「キャプテン、副キャプテン!」
文也に目配せして輪から抜ける。奥の方にいるから、と手を振られたので振り返した。
「あれ、例の彼?」と副キャプテンに聞かれて首をかしげる。例の、とはなんだ。副キャプテンと首を傾げあっていると、キャプテンが合点がいったように笑い、「噂になってたんだよ。ビッグカップル誕生みたいな」と言った。
ビッグカップルとは。また同じように副キャプテンと首を傾げる。おれたちを見て恋愛関係と思う人がいたのか。一体。今更男同士だとか言うつもりはない。
一足先に首を傾げ終わった副キャプテンが「10番はバレーでも花形だから。彼みたいなのとつるんでると目立つんでしょ」と平坦な声で説明してくれたが、ますます意味が分からなかった。目立っているつもりはなかったのですが、と内心で思っていると不服が顔に出ていたのか二人に宥めるように肩を叩かれた。
先輩の優しさなのか意地の悪さなのか分からないところがたちが悪い。
「ま、あんまし騒ぐべきじゃないよな」
「本人たちがどうであれ外野があれこれ言うべきじゃない、10番、強く生きろよ」
うんうんと頷き合う二人の間で虚空を見つめる。
「論理飛躍しすぎじゃないですか。置いていかないでください。あとおれ10番じゃないです」
「え、何番になったの」
「10番は10番だよ」
「4番です。あとおれの名前10番じゃないです」
二人に派手に笑われ、意味が分からないまま軽く部活の状況を伝え、以前相談していたサーブのコツを教えてもらって別れた。奥へと進み、もう弁当を半分食べ終わっている三人のところに腰を下ろす。
「なんだったの?」
と文也に聞かれたので、三日に一度の割合で奪われる卵焼きを死守しながら「ビッグカップル誕生みたいな話」と答えた。口に出してみるとますます意味が分からない。意味わかんないんだけど、と続けてなんともなしに隣を見ると、文也が人形みたいな顔をしていた。久しぶりに見たからびっくりした。
「……へえ」
「何その顔」
「なんでもない」
一応訊いてはみたが、この顔をしているときは何も触らない方がいい。
無言で弁当を食べ進める。時々横からおすそわけがくるので同等のものとトレードした。潔癖のきらいがある野田は毎度毎度「ウゲェ」みたいな顔をしているので、恒例の顔芸はまあまあ面白い。気にすんなよ! と屈託なく大声で言った文也は「気にするだろ公共の福祉」と返されていた。文也は懲りずに「俺たちの行動が公共の福祉に影響する部分大きすぎじゃね。俺らって地軸?」と抜かしていたので横から肘を入れた。
食べ終わり、教室に帰って次の授業ダルいと話していると、ふと文也がロッカーに向かった。四人で固まっていたおれらは完全に置いていかれて、顔を見合わせ合う。帰ってきたと思ったら、その手には紙袋があった。なんだそれ、と視線を送ると、華麗に無視して紙袋をべりべり破いて中身を取り出しはじめる。
目に入ったのは、パッションピンクだった。おれでも見たことがある国民的キャラクターがかいてある。妹が好きなキャラなので知っていた。理屈が理解できない髪型をしたメルヘンな動物のキャラクターだ。
「おい、文也」
さっきからずっと文也がおれをガン見している。それ、おれにくれるわけじゃねえよな。さすがにな。自分が無理な現実逃避をしようとしていることは分かっている。自分でも分かっている。いや、でも、本来ならこの状況をつくり出している張本人のほうがよっぽど恐ろしいはずなんだ。誰かツッコミをしてくれ。
この状況で戸田も同じような真顔だし、野田も虚無の目をしている。おれに丸投げしないでくれ、と肩をゆするが反応がない。文也は相変わらず真顔だ。真剣に平成女児ノート持ってんじゃねえよ。理不尽な苛立ちが湧いてきた。
「おい、ふみ」
「ん、なあに、てる」
「……ウゲ、きもい声出すな」
「ひどいっ」
ラメかグリッターか知らないけどギラギラしている物体をできるだけ押しのける。
小さいころに折り紙セットのなかにはいってたギャラクシー色みたいだ、とぼんやり思った。
試しに眼を擦ってみても変わらない。現実で信じられない漫画みたいなことをしてしまった。明らかに平成女児向けのプロフ帳かなんかを持っている幼なじみ。さすがに情報が追いつかない。なんでそれを高校に持ってきた。文也が神妙な顔でそれをおれに向ける。顔がきれいでムカつく。いや、ちがう。そうじゃない。待て。待て待て。ちょっと待ってくれ。
「ねえ、照」
「ねえごめんスゲェ嫌な予感する。逃げていい?」
返事を聞く前から逃げようと立ち上がると、隣にいた野田にぎっちり掴まれた。おまえは味方だろうが! ギャンッと吠えても野田は菩薩の顔のまま動かない。「人生には時々諦めたほうがいい時がある」って言っている。いっそ怖いよ。
「野田っちのこと見ないで俺のこと見て」
「ヤンデレ彼女みたいなこと言うやん……」
「おいこら照生」
「いや、ちょっと待て。ちょっと待て、頼むから」
「やだこういうのは困惑して正常な判断ができない時に押しつけるもんなの!」
「それ本人に言うなよ!」
ギャンギャン吠えあうと、戸田野田コンビが「おー、また始まった」「なかなか飽きないよねえ」と笑っている。文也は演技じみた風に息を整えると、両手でノートを持っておれに差し出した。野田のせいで動けないおれの胸にとん、とゆだねられる。
ノートの表紙に書かれたキャラクターと目が合った。
「てんちゃん、これしよ?」
「……ついに頭おかしくなったか」
大真面目な顔をしているおれら二人の間に挟まったパッションピンクという絵面に耐えられなくなったらしい野田が、ぶっあっはははは! と噴きだした。戸田が、はあ、とこれ見よがしにため息を吐く。
「いや、ここまでくるときもい。気持ち悪い。大変外でやってほしい」
「よし照生、グラウンド行くぞ」
「物理的な話じゃねえだろ」
まてまて、とすぐに出て行こうとする文也の襟元をがっつり掴む。
おれは犬のしつけをしてるのか? 絶妙な顔をしていたのか、野田がまた吹き出した。頼むからもうおれの顔を見るな。死んでる自覚はおれにもある。
「ほんっとおまえらどっちがしっかりしてんのか分かんねえな」と野田が涙を拭きながら言った。
「は?」
おれだろ、とふつうに答えたつもりが、なぜかもう一人の声が重なる。ギリ、と手のひらでワイシャツが変な音を立てた。起き上がり小法師の顔を鷲掴みにする。「てる! いあい! いたい!」と騒ぐ男の頭を引き寄せて叫んだ。
「おれだろ! どう考えても!」
「はあ!? リモコンの使い方わかんなかったてんちゃんには言われたくないね!」
「ばっ、――それは! おまえの家のリモコンがなんか意味わかんねえ機能いっぱいあったからだろうが!」
「ははーん!」
「くそ、大体おれと交換日記して何が楽しいんだよ!」
「なんで俺の楽しみを照生が決めるんだよ!」
「おれが当事者だからだろうが! せめてやるならノートを変えろ!」
「やだ! これ冬美さんからもらったやつなの!」
「誰だよ!」
「兄さんの彼女だよ!」
「知るか!」
もうすでにパッションピンクの押し付け合いみたいになっている。らちが明かない。大体こういう風になったとき、文也はおれに折れないからすでに負け戦なのだ。
仕方がない、と観念したおれに気がついたのか、文也がにやにやしながらノートをおれの手に握らせた。
「おまえ顔ウザイ」
「見目麗しいと言いなさい」
「誰が言うか黙れ起き上がり小法師」
「理不尽!」
ギャンッと吠えた文也に、戸田野田が呆れたような顔でサムズアップしていた。どこからどう見てもサムズアップの相手はおれだろうが。
