いや、まあ。そもそもあのゆるすぎる起き上がり小法師と仲良くできてる時点で、おれも、たいがいだとは思っていた。けれども。
「これはさすがに違うだろ趣旨が」
「あー! てんちゃんこれどう!?」
つい漏れた心の声には誰も反応せず、全体的に身長の高い大男たちが売店でキャッキャしている。満面の笑みの文也に、赤いリボンのついた白猫のカチューシャを付けられた。あの、おれサングラスだけで良いんだけど。
俺が買うから! と騒いでいる文也には好きにさせるとして、問題は他の二人だ。他の棚の前でべったりくっついている戸田野田コンビのところに足を進める。すぐに戸田が気づいて人の悪い顔をした。はぁ、とため息を隠す気も起きずに、二人の前に立つ。
「どっち」
「え、何が?」
「……何の話ぃ?」
すぐに不思議そうな顔をした野田と、対照的に楽しそうに笑う戸田。まあ、そりゃあ、誰が言ったかなんてのはほぼ分かってはいるんだけど。じとり、と半目で戸田を睨みつけた。
「変なこと吹き込んだの」
「変なこと?」
「へえぇ、何の話だかぁ」
こめかみが筋立っている気がする。
愛想笑いを完全にかためたまま、同じくらいにある戸田の目と目を合わせる。
「――おれを文也の彼女として扱っちゃえばいいって話だよ」
当然なのだろうと思う。
文也は戸田野田コンビにも「自分バイかもしれない」うんぬんのことは話していないし、それなのに突然幼なじみで同性のおれを公衆の面前でデートにお誘いしたわけなのだから。うわ、思い出したら腹立ってきた。
ギリ、と歯軋りして、落ち着け落ち着けと念じながら胸をさする。野田が大丈夫かと声をかけてくれる。
それとなく、核心を隠して概要を伝えたらしい文也の説明が悪かったのだろう。おれの予想では、「人を好きになれるかなって」とか、「恋愛に発展しない気がする」とか言ったのだろう。それで、戸田野田コンビはものの見事にあり得ない勘違いをしてくれたと。まあ学校一のモテ男がそう言ったら勘違いするのも当然だろう。
「今日一日てんちゃんがおれの彼女だから!」と言われたときはどうにかしてやろうと思った。できなかったけど。ケタケタ耳障りな音で戸田が笑っている。どうせコイツが「なら彼女役やって貰えばいいじゃん」とか言ったんだろうと予想はつく。
あとなんで話が出てすぐの放課後に遊園地に来るんだよ、おかしいだろ。コーチがぎっくり腰になって一日フリーになったおれはさておいても、みんな部活はどうした。
「ん、何の話ー?」
すでにカチューシャを買い終えたらしい文也が寄ってくる。流れるような動作でカチューシャを付けられた。満足そうで何よりです。
戸田がなにかを察したのか、悪巧みをしているような嫌な顔になった。ほんとろくでもないやつ。今度は何を言われるのかと身構える。
「東藤ー、おまえの彼女ちゃんイジけてるよ」
「おまえさ――」
「彼女じゃなくて恋人、ね」
おれの肩に顎を置いて、きゅるるん、と効果音がつきそうなほどキラキラした顔面でウインクを決めている。はぁ、とため息をお見舞いしてやる。
「……否定しろよ」
「へー、東藤そこ気にすんの」
「そりゃ、照生はかっこいいしね」
がっつり頬が触れるか触れないかの至近距離でアンバーの目に見つめられた。
「ねえおれの声聞こえてる?」
あ、もしかして彼女役のが良かった? と的外れなことを言い出す。聞いちゃいない。がっつり無視されたあげく、ポンコツここで発揮されてんなよ、呼称じゃなくて一番先におれの気持ちを気にしてくれよ、と思ったが思いきり顔に出ていたのか目の前にいた野田が吹き出していた。マジで野田、おまえもたいがいだからな。
「あれ、照、なんか拗ねてる?」
「拗ねてないけど」
「絶対拗ねてる顔じゃん。どしたの」
冷え性で冷たい手のひらがそっと頬を引き寄せる。うわ、睫毛長いな、と頭の悪そうな感想が浮かんできて、首を振った。
おれが怒ってるのはそこじゃない。
自分の中で、恋愛という方向性が占めるウエイトがどれほどなのかは、人それぞれだが大きな部分を占めていることは確かだ。おれは自分が恋愛ができないからと、人を愛することができない出来損ないだ、モンスターだ、と自分の首を絞めたこともあった。
乗り越えられたわけじゃない。今も、ずっと、苦しんでいる。
だからこそ、同性も好きになれるかもしれないと考えている文也がどれだけ自分のことを懐疑しているのかも、ちょっとは、分かってあげられる。おれは、おれなりに、文也を助けてあげられるのではないかと、思っていた。だから。
変に誤魔化すなよ。怖いなら、そのままでぶつかってこいよ。
「変な寸劇求めてんじゃねえよ。バーカ」
ごつん、と思いきり額をぶつける。文句の一つや二つ言いそうな文也は、びくりと肩を跳ねさせただけだ。おれには分かる。ちゃんと聞いている。声が届く。
胸ぐらを掴んで、鼻先が触れるような距離で目を見た。
「ちゃんとぶつかってこい」
至近距離でまみえる海みたいなきらきらした目が、どろりとした暗さをはらむ。不安や、自責に似たそれを認めて、おれはうっそりと微笑んだ。やっぱり、と。
怖くないわけがない。
ふざけて、建前を取り繕えば、もちろん傷つくことは少なくなる。でもそれは、同時に、自分に嘘を強いていることだ。
文也は、普段ぼんやりしていることが多くて、あまり他人の言葉に靡かないように見える。けれども、誰よりも人のことを見て、同じように感じてしまう繊細な心を持っていることも、知っている。
「返事は」
「……ありがとう」
「ん」
ぎゅ、と手を握る。冷え固まった指先から力が抜けていく。変に緊張なんかするからだろうが、と呆れ笑いをこぼして、売店のドアから外を見た。
「よし。……で、どれ乗んの」
「軽くジェットコースター?」
「殺す気か」
「えー、やっぱジェットコースターから行かないと」
「初めからメインディッシュを食べるな。コース料理って知ってますか?」
「えーん」
何に乗りたいか希望を聞こうと二人を見ると、戸田と野田が固まっている。それも戸田は不機嫌そうな、不愉快そうな角度の眉毛つき。
なんだ、と思って首を傾げる。真似っこしたい年頃の文也の頭も連動して傾く。
「信じられない」
「……いやぁ、すごいね」
戸田はさておき、若干気まずそうにしている野田に視線で語りかけると、彼は軽く笑いながら手を振った。
「マジでこの距離感なんだと思って」
な、と隣の戸田に同意を求めた。すごく嫌そうな顔を返されている。
戸田はおれと文也の顔を数回往復したあと、明後日の方向にまなざしを向けてため息をついた。
「なんか、二人ともなんでモテてんのか分かんない。こんな彼女よりも親友優先しそうな奴ら」
「分かるわぁ」
きょとん、と目を見開いた文也と顔を見合わせる。モテてないけど、と否定しようとしたそのときに、頬にぺ、と柔らかい感触が触れて、反射で思いきり肘を入れた。振り向いて見たら文也の耳だった。
「ぐっ!」
「うっ、わ、ごめん!」
おろおろと膝を折ってうずくまる文也の背中をさする。マジで本気のやつしちゃった。やらかした。
てかなんであんな至近距離に顔があったんだ。
ぐっと顔を歪めている文也に平謝りして、「お詫びするならバスケの練習付き合え」とのお言葉をありがたく頂戴して売店を出た。
「……ほんと、マジで信じらんない」
「ははは」
「何の話?」
戸田野田の、主語を省いたザ・幼なじみの会話に混ざろうとした文也が、「大体おまえが爆弾なんだよ」「無自覚あり得なさすぎ」と苦言を呈されていた。なんだかよく分からないけれど、困惑している文也の顔が面白かったので気にしないことにした。
「で、これから何すんの」
すぐに食い意地を張ってポップコーンの箱を抱えている文也の指からポップコーンのおすそわけをもらいながら、尋ねる。戸田野田に聞こえないように声は落とした。
そもそもおれは四六時中文也といるし、なかなか現実から剥離されないのでは? と思ったが、文也は大丈夫だと答えた。
「笑ってる時が一番恋に落ちるっていうじゃん。男が笑ってんの見て心臓ドキドキしたりするのかな、って。確かめるだけだから」
「じゃあ候補者増やしたおれが立役者?」
「面倒ごと増やしたのがてんちゃんですー」
反論しようとしたおれの口に、「あ、これ美味しいわ」と今度はポテトを突っ込んでくる。
はぐらかされたけれど、まあ、いっか。美味しいし。
別に食べかけじゃなければどうだっていいのでそのまら咀嚼して、パンフレットを読んでいると、「今日一日あの馬鹿二人と一緒なの」「まあ、楽しそうじゃん」と、戸田野田の声が前から聞こえてきた。
「これはさすがに違うだろ趣旨が」
「あー! てんちゃんこれどう!?」
つい漏れた心の声には誰も反応せず、全体的に身長の高い大男たちが売店でキャッキャしている。満面の笑みの文也に、赤いリボンのついた白猫のカチューシャを付けられた。あの、おれサングラスだけで良いんだけど。
俺が買うから! と騒いでいる文也には好きにさせるとして、問題は他の二人だ。他の棚の前でべったりくっついている戸田野田コンビのところに足を進める。すぐに戸田が気づいて人の悪い顔をした。はぁ、とため息を隠す気も起きずに、二人の前に立つ。
「どっち」
「え、何が?」
「……何の話ぃ?」
すぐに不思議そうな顔をした野田と、対照的に楽しそうに笑う戸田。まあ、そりゃあ、誰が言ったかなんてのはほぼ分かってはいるんだけど。じとり、と半目で戸田を睨みつけた。
「変なこと吹き込んだの」
「変なこと?」
「へえぇ、何の話だかぁ」
こめかみが筋立っている気がする。
愛想笑いを完全にかためたまま、同じくらいにある戸田の目と目を合わせる。
「――おれを文也の彼女として扱っちゃえばいいって話だよ」
当然なのだろうと思う。
文也は戸田野田コンビにも「自分バイかもしれない」うんぬんのことは話していないし、それなのに突然幼なじみで同性のおれを公衆の面前でデートにお誘いしたわけなのだから。うわ、思い出したら腹立ってきた。
ギリ、と歯軋りして、落ち着け落ち着けと念じながら胸をさする。野田が大丈夫かと声をかけてくれる。
それとなく、核心を隠して概要を伝えたらしい文也の説明が悪かったのだろう。おれの予想では、「人を好きになれるかなって」とか、「恋愛に発展しない気がする」とか言ったのだろう。それで、戸田野田コンビはものの見事にあり得ない勘違いをしてくれたと。まあ学校一のモテ男がそう言ったら勘違いするのも当然だろう。
「今日一日てんちゃんがおれの彼女だから!」と言われたときはどうにかしてやろうと思った。できなかったけど。ケタケタ耳障りな音で戸田が笑っている。どうせコイツが「なら彼女役やって貰えばいいじゃん」とか言ったんだろうと予想はつく。
あとなんで話が出てすぐの放課後に遊園地に来るんだよ、おかしいだろ。コーチがぎっくり腰になって一日フリーになったおれはさておいても、みんな部活はどうした。
「ん、何の話ー?」
すでにカチューシャを買い終えたらしい文也が寄ってくる。流れるような動作でカチューシャを付けられた。満足そうで何よりです。
戸田がなにかを察したのか、悪巧みをしているような嫌な顔になった。ほんとろくでもないやつ。今度は何を言われるのかと身構える。
「東藤ー、おまえの彼女ちゃんイジけてるよ」
「おまえさ――」
「彼女じゃなくて恋人、ね」
おれの肩に顎を置いて、きゅるるん、と効果音がつきそうなほどキラキラした顔面でウインクを決めている。はぁ、とため息をお見舞いしてやる。
「……否定しろよ」
「へー、東藤そこ気にすんの」
「そりゃ、照生はかっこいいしね」
がっつり頬が触れるか触れないかの至近距離でアンバーの目に見つめられた。
「ねえおれの声聞こえてる?」
あ、もしかして彼女役のが良かった? と的外れなことを言い出す。聞いちゃいない。がっつり無視されたあげく、ポンコツここで発揮されてんなよ、呼称じゃなくて一番先におれの気持ちを気にしてくれよ、と思ったが思いきり顔に出ていたのか目の前にいた野田が吹き出していた。マジで野田、おまえもたいがいだからな。
「あれ、照、なんか拗ねてる?」
「拗ねてないけど」
「絶対拗ねてる顔じゃん。どしたの」
冷え性で冷たい手のひらがそっと頬を引き寄せる。うわ、睫毛長いな、と頭の悪そうな感想が浮かんできて、首を振った。
おれが怒ってるのはそこじゃない。
自分の中で、恋愛という方向性が占めるウエイトがどれほどなのかは、人それぞれだが大きな部分を占めていることは確かだ。おれは自分が恋愛ができないからと、人を愛することができない出来損ないだ、モンスターだ、と自分の首を絞めたこともあった。
乗り越えられたわけじゃない。今も、ずっと、苦しんでいる。
だからこそ、同性も好きになれるかもしれないと考えている文也がどれだけ自分のことを懐疑しているのかも、ちょっとは、分かってあげられる。おれは、おれなりに、文也を助けてあげられるのではないかと、思っていた。だから。
変に誤魔化すなよ。怖いなら、そのままでぶつかってこいよ。
「変な寸劇求めてんじゃねえよ。バーカ」
ごつん、と思いきり額をぶつける。文句の一つや二つ言いそうな文也は、びくりと肩を跳ねさせただけだ。おれには分かる。ちゃんと聞いている。声が届く。
胸ぐらを掴んで、鼻先が触れるような距離で目を見た。
「ちゃんとぶつかってこい」
至近距離でまみえる海みたいなきらきらした目が、どろりとした暗さをはらむ。不安や、自責に似たそれを認めて、おれはうっそりと微笑んだ。やっぱり、と。
怖くないわけがない。
ふざけて、建前を取り繕えば、もちろん傷つくことは少なくなる。でもそれは、同時に、自分に嘘を強いていることだ。
文也は、普段ぼんやりしていることが多くて、あまり他人の言葉に靡かないように見える。けれども、誰よりも人のことを見て、同じように感じてしまう繊細な心を持っていることも、知っている。
「返事は」
「……ありがとう」
「ん」
ぎゅ、と手を握る。冷え固まった指先から力が抜けていく。変に緊張なんかするからだろうが、と呆れ笑いをこぼして、売店のドアから外を見た。
「よし。……で、どれ乗んの」
「軽くジェットコースター?」
「殺す気か」
「えー、やっぱジェットコースターから行かないと」
「初めからメインディッシュを食べるな。コース料理って知ってますか?」
「えーん」
何に乗りたいか希望を聞こうと二人を見ると、戸田と野田が固まっている。それも戸田は不機嫌そうな、不愉快そうな角度の眉毛つき。
なんだ、と思って首を傾げる。真似っこしたい年頃の文也の頭も連動して傾く。
「信じられない」
「……いやぁ、すごいね」
戸田はさておき、若干気まずそうにしている野田に視線で語りかけると、彼は軽く笑いながら手を振った。
「マジでこの距離感なんだと思って」
な、と隣の戸田に同意を求めた。すごく嫌そうな顔を返されている。
戸田はおれと文也の顔を数回往復したあと、明後日の方向にまなざしを向けてため息をついた。
「なんか、二人ともなんでモテてんのか分かんない。こんな彼女よりも親友優先しそうな奴ら」
「分かるわぁ」
きょとん、と目を見開いた文也と顔を見合わせる。モテてないけど、と否定しようとしたそのときに、頬にぺ、と柔らかい感触が触れて、反射で思いきり肘を入れた。振り向いて見たら文也の耳だった。
「ぐっ!」
「うっ、わ、ごめん!」
おろおろと膝を折ってうずくまる文也の背中をさする。マジで本気のやつしちゃった。やらかした。
てかなんであんな至近距離に顔があったんだ。
ぐっと顔を歪めている文也に平謝りして、「お詫びするならバスケの練習付き合え」とのお言葉をありがたく頂戴して売店を出た。
「……ほんと、マジで信じらんない」
「ははは」
「何の話?」
戸田野田の、主語を省いたザ・幼なじみの会話に混ざろうとした文也が、「大体おまえが爆弾なんだよ」「無自覚あり得なさすぎ」と苦言を呈されていた。なんだかよく分からないけれど、困惑している文也の顔が面白かったので気にしないことにした。
「で、これから何すんの」
すぐに食い意地を張ってポップコーンの箱を抱えている文也の指からポップコーンのおすそわけをもらいながら、尋ねる。戸田野田に聞こえないように声は落とした。
そもそもおれは四六時中文也といるし、なかなか現実から剥離されないのでは? と思ったが、文也は大丈夫だと答えた。
「笑ってる時が一番恋に落ちるっていうじゃん。男が笑ってんの見て心臓ドキドキしたりするのかな、って。確かめるだけだから」
「じゃあ候補者増やしたおれが立役者?」
「面倒ごと増やしたのがてんちゃんですー」
反論しようとしたおれの口に、「あ、これ美味しいわ」と今度はポテトを突っ込んでくる。
はぐらかされたけれど、まあ、いっか。美味しいし。
別に食べかけじゃなければどうだっていいのでそのまら咀嚼して、パンフレットを読んでいると、「今日一日あの馬鹿二人と一緒なの」「まあ、楽しそうじゃん」と、戸田野田の声が前から聞こえてきた。
