氷の死神は、熱血女医に触れたがる〜大正パンデミックは、私が止める!〜

シーン6-1:
 帝都大学病院・ロビー(数日後・嵐)

 外はバケツをひっくり返したような豪雨。雷鳴が轟く。
 病院内は、この世の地獄のような惨状。
 廊下まで簡易ベッドが溢れ、患者たちのうめき声と、家族の泣き叫ぶ声が反響している。
 患者たちの肌には、鮮やかな「青い花」のような痣が浮かび、呼吸困難に陥っている。

沙羅(独白)「『青死病』の変異種……。感染力が桁違いだ。隔離も追いつかない」
 沙羅、目の下に濃い隈を作りながら、患者の間を走り回っている。
 髪は乱れ、白衣は汗と埃で汚れている。

​看護師「十条先生! 305号室の中田さんが急変しました!」
別の医師「ダメだ、血清が効かない! 先生、どうすればいい!?」
​沙羅「諦めないで! 呼吸確保を最優先!」
 沙羅の体がガクンと揺れる。

 倒れそうになる沙羅を、冷たい腕が支える。
​蓮「……沙羅。もう限界だ。少し休め」
 蓮が悲痛な面持ちで立っている。
 蓮の瞳には、病院中を埋め尽くす「死の黒い靄」が見えている。
 そして、その靄が今、沙羅の華奢な足元にも絡みつこうとしているのが見える。
​沙羅「放して……まだ動ける。私が止まったら、この人たちは誰が助ける?」 
 沙羅、蓮の手を振りほどこうとするが、力が入らない。
​蓮「君が死んだら、元も子もないだろう! 頼むから……」
 蓮、珍しく声を荒げる。
​沙羅「特効薬さえできれば、みんな助かる!」
 沙羅、無理やり笑顔を作り、走る。
 蓮は、伸ばしかけた手を握りしめる。


​シーン6-2:
 連の屋敷・研究室(深夜)

 密閉された研究室。
 沙羅、顕微鏡を覗き込んでいる。
 ピントを合わせる手つきが焦っている。
​沙羅「……見えた。細胞質の中に、青い硝子のような顆粒……。『封入体』だ」
 沙羅、スケッチブックに素早く描き写す。
 光学顕微鏡ではウイルスそのものは見えない。
 だが、ウイルスが増殖し、細胞を食い荒らした「痕跡」が、不気味な青い円として浮 かび上がっている。
​沙羅「なんて進行速度……。既存の抗体を投与しても、細胞が壊死していく。ウイルスの殻が硬化して、薬を弾いているんだ」
 絶望的な事実。
 沙羅、頭を抱える。
​沙羅「どうすれば……分子構造を変える? いや、時間が足りない……」
 ドクン。
 沙羅の心臓が、今まで聞いたことのない、濁った音を立てる。
​沙羅「うっ……!?」
 激しい目眩と吐き気。
 世界が歪む。
 沙羅、胸を押さえて激しく咳き込む。
​沙羅「ごほっ! ごほっ、ごほっ……!」
 手のひらに、べっとりと鮮血がつく。
 そして、白衣の袖から覗く手首の内側に、美しい「青い花」の痣が、見る間に咲き乱れていく。
​沙羅「まさか……感染……?」
 沙羅、足の力が抜け、その場に崩れ落ちる。
 床の冷たさが頬に伝わる。
 視界が暗転していく中、研究室のドアが乱暴に蹴破られる音が聞こえる。
​蓮「沙羅!!」

シーン6-3:
  帝都大学病院・集中治療室(未明)

 無機質なモニター音だけが響く空間。
 沙羅、酸素マスクをつけられ、ベッドに横たわっている。
 その肌のあちこちに、青い痣が侵食している。
 蓮、ベッドの脇で沙羅の手を握りしめている。
 彼の瞳には、沙羅の頭上に浮かぶ「砂時計」が見えている。
 残りの砂は、あと数粒。
​蓮「……抱きしめても駄目、解熱剤も効かない。熱すぎる……。これでは沙羅の体が持たない」
沙羅「はぁ……はぁ……蓮さん……。私の……血を……解析して……。抗体……が……」
 蓮、沙羅の熱い手を、自分の額に押し当てる。
蓮(独白)「人間は皆、死に瀕して、『死にたくない』と泣き喚くのに……君は、どうして、こんな時まで他人のことを……」

​シーン6-4:
 帝都大学病院・集中治療室(未明)

 突如、部屋の気温が絶対零度まで急降下する。
 窓ガラスがガタガタと鳴り、部屋の隅の影が膨れ上がる。
 闇の中から、巨大な威圧感を持つ「声」が響く。

(黄泉の王の声)
『……諦めろ、愚かな息子よ』
 蓮、鋭い視線で闇を睨む。
​蓮「父上……」

黄泉の​王『その娘の命数は尽きた。それが運命だ』
 闇の中から、巨大な骸骨のような手が伸び、沙羅の魂を掴もうとする
黄泉の王『黄泉の国へ帰るぞ。お前も、人間に深入りしすぎて力が弱まっている。これ以上関われば、お前の存在が消えるぞ』
 蓮、立ち上がる。
 沙羅のベッドの前に立ちはだかる。
 その手には、銀色のメス(死神の鎌の変化)が握られている。
​蓮「断る」
​黄泉の王『……何だと? たかが人間の小娘一人のために、永遠の命を捨てる気か?』
 蓮、背後の沙羅を一瞥する。
 その眼差しは、優しく、そして晴れやかだ。
​蓮「ああ、捨てるさ」
 蓮、メスを構え、黄泉の王を見据える。
​蓮「俺はずっと、退屈だった。永遠の時の中で、ただ命を刈り取るだけの灰色の世界。……だが、沙羅が教えてくれた」
 蓮の脳裏に、沙羅との日々が蘇る。
 雨の中での出会い。
 怒り顔。
 温もり。
​蓮「何千年の冷たい孤独よりも、沙羅と過ごした数ヶ月の刹那が……俺には温かくて、鮮やかだった」
 蓮の言葉に、黄泉の王が絶句する。
 蓮の全身から、凄まじい光(生命エネルギー)が噴き出す。
​蓮「沙羅がいない永遠など要らぬ!……沙羅が生きる未来があるなら、俺は喜んで消えてやる!」
 蓮、沙羅のサンプルを持って屋敷の研究室に一度戻る。
 顕微鏡と霊視を併用し、沙羅の血液を解析する。

​シーン6-5:
  帝都大学病院・集中治療室(未明)

 蓮「沙羅の暴走する免疫を、俺の『死の冷気』で凍結させて止めれば……」
​シカネ「皇子、何言ってるんだよ! 人の寿命に介入するなんて。禁忌だよ! それをやったら、皇子が消えちまうよ!』
蓮「……構わない」
 蓮、沙羅の頬に触れる。
蓮「沙羅の熱を知った今……もう、寒いのは、嫌なんだ」
 蓮、ベッドの上に上がり、沙羅に覆いかぶさる。
 沙羅、高熱でうなされている。
沙羅「……熱い……こわい……」
蓮「大丈夫だ。俺がいる」
 蓮、沙羅の唇に口づけをする。
 ジュゥゥッ!!
 氷と炎が接触したような音が響く。
 蓮の口から、青白い冷気が沙羅の体内へと流れ込む。
 同時に、沙羅の体内で暴れまわる「熱」を、蓮が自らの体へと吸い出していく。

(イメージ) 燃え盛る沙羅の森に、蓮が雪を降らせる。 暴走するサイトカイン(炎)が、一つ一つ、氷の結晶に閉じ込められて鎮火していく。

 代わりに、蓮の体が、少しずつ青い影へと変化していく。
 高熱を吸い込み、氷の体が崩壊を始める。
蓮(独白) 「……愛している、沙羅。君だけが、俺を溶かしてくれた」