氷の死神は、熱血女医に触れたがる〜大正パンデミックは、私が止める!〜

シーン4-1:
  蓮の施設研究所・研究室

 ドイツ製の最新医療機器が並ぶ広大な研究室。
 沙羅、和装で、顕微鏡を覗いている。
 蓮、和装で、背後から、沙羅を抱きしめている。
沙羅「……蓮さん。邪魔です。ピントがずれます」
蓮「熱を補給中だ。……あと5分。ああ」
 蓮、沙羅の首筋に顔を埋め、深く息を吸い込む。
 沙羅の体温が、蓮の冷え切った身体に染み渡り、蓮に「生」の実感を与えている。
蓮(独白) 「……沙羅は、魅了の術にかからない。俺の顔も地位も、沙羅の心を捉えない。生まれて初めて……『対等』な相手に、触れている」

沙羅「……動かないでください。重要なサンプルなんです」
 沙羅、顕微鏡の画像をスケッチする。 青い斑点のある細胞組織。
蓮「……それは、なんだ?」
沙羅「『青死病』で亡くなった患者の肺組織です。……見てください、この破壊の痕跡」


シーン4-2:
イメージ図解(沙羅の脳内)
 血管内を流れる免疫細胞たち。
 ウイルスが侵入する。
 免疫細胞が暴走し、敵も味方も関係なく攻撃を始める。

シーン4-3:
 同・研究室 (現実)

沙羅「何度見ても、原因が分かりません」
 沙羅の声に焦りが滲む。
沙羅「患者さんの体内で、『免疫の暴走』が起きています。免疫細胞が、敵であるウイルスではなく、正常な血液細胞を『敵』とみなして、食べてしまっているんです」
蓮「……自分の血液細胞を、自分で食べているのか?」
沙羅「はい。まるで狂乱状態です。でも、通常、ここまで細胞が狂うには、強烈な刺激……免疫細胞の『攻撃スイッチ』を押し続ける何かが必要なのに、何も写らない」
 沙羅、悔しそうに拳を握る。

蓮「……俺は、目がいい。見てみよう」
 蓮の瞳孔が細まり、超常的な「死神の眼」が発動する。
 蓮、顕微鏡を覗き込む。
蓮「……見えるぞ。黒い小さな『棘』だ」
沙羅「棘……?」
蓮「ああ。暴れている細胞と、食べられている細胞の間だ。……二つの細胞が、黒い棘で『串刺し』にされて、無理やり繋ぎ止められている」
 沙羅、目を見開く。
沙羅「繋ぎ止められている……? もしかして、その棘は、細胞同士を離れないように固定している?」
蓮「そうだ。まるで、強力な接着剤のようにな」
 沙羅、勢いよく顔を上げ、蓮を見る。
沙羅「それだ!! 免疫細胞は、相手に触れて『敵かどうか』を確認します。確認が終われば離れるはずなんです。でも……その『棘』のせいで、離れられなくなっているとしたら?」
蓮「……握手をしたまま、手が離せない状態か」
沙羅「そうです! ずっと接触しているから、細胞は『まだ敵がいる! 攻撃を続けろ!』と勘違いして、攻撃命令を出し続けているんだ! ……染色! 検体染めればもっと観えるはず!」
 沙羅、興奮して、研究室にこもる。
 蓮、置いていかれて寂しそうな顔になる。


 沙羅、微かな青色のついた、スライドガラスを手に、顕微鏡の前に戻って来る。
 沙羅、再び顕微鏡を覗く。
沙羅「……やっぱり! 細胞同士の間に、青黒い『繊維』の棘が絡みついている」
蓮「こいつが細胞を無理やり繋ぎ止めているのか。……この棘が、細胞の怒りを増幅させているな」
 二人の声が重なる。
沙羅&蓮「原因は、これだ!」

 沙羅、満面の笑みで蓮を振り返る。
 沙羅「すごい……! 私一人じゃ『原因不明』で終わってた。蓮さんが『くっついている』と教えてくれたおかげで、病気のメカニズム、分かりました!」
 沙羅、無意識に蓮の手を両手でギュッと握りしめる。
 発見の喜びで体温が上がった沙羅の手は、熱い。
沙羅「あなたとなら、この病気の特効薬だって作れる気がします!」
 沙羅の瞳は、蓮を信頼しきって、真っ直ぐに見つめている。

 蓮、握られた熱い手を見つめる。その熱は、心地よさを運んでくる。
蓮(独白) 「……俺の力が、『死』をもたらすのでなくて……『生』の役に立つとはな」
 蓮、優しく微笑む。
蓮(独白)「魅了で操った女たちからは、こんな風に見られたことは無かったな……」
 蓮、沙羅の顔を覗き込む。
蓮(独白)「術で愛されるよりも……ずっといい」
蓮 「……沙羅」
 蓮、沙羅を抱き寄せる。
蓮(独白)『……ああ。この熱が、俺を狂わせる』
蓮 「ご褒美を、もらってもいいか?」

 蓮の冷たい唇が、沙羅の熱い唇に重なる。
 ジュッ……。
 口づけの瞬間、白い蒸気が二人の口元から漏れる。
 冷たさと熱さが溶け合い、全身が痺れるような感覚。
 沙羅は抵抗できない。いや、抵抗したくない。
 この冷たい口づけが、自身を鎮めてくれる心地よさに、気づいてしまったから。
沙羅(独白)「……一人じゃ、ない」


シーン4-4:
 蓮の屋敷・リビング(深夜)

 外は激しい冬の嵐。風の音が唸っている。
 室内は暖炉の火が燃え盛っているが、どこか空気が冷え冷えとしている。
 沙羅、華やかな振袖を着ている。暖炉の前で論文を読み、必死に書き物をしている。沙羅の目の下には隈が出来ている。

 厚着の和装の蓮、湯気の立つマグカップを二つ持って入ってくる。
​蓮「沙羅、根を詰めすぎだ、コーヒーでも」
​沙羅「……ありがとうございます」
 沙羅が、カップを受け取ろうと手を伸ばし、蓮の指先に触れる。
​沙羅「待って」
 沙羅、カップをテーブルに置く。
 蓮の手を、両手で包み込む。
​沙羅「冷たい……! 氷みたいじゃないですか!」
​蓮「ああ……言っただろう、昔から血の巡りが悪くて」
​沙羅「血行不良なんてレベルじゃありません! チアノーゼは出てないけど……これじゃ壊死しちゃいますよ!」

 沙羅の「お医者さんスイッチ」が入る。
 蓮の手を必死に擦り、自分の息をハーッと吹きかける。
​沙羅「もっと効率的に温めないと……。太い血管に近いところ……」
 沙羅、躊躇なく蓮の氷のような手を引き寄せ、自分の首筋(うなじ)に、蓮の手のひらを押し当てる。
​蓮「……っ、沙羅?」
​沙羅「私の平熱は37.5度、異様に高いんです。ここなら、熱伝導が良いはず……」
 沙羅、真剣な眼差し。
 蓮の手に、沙羅の脈動と、柔らかい肌の熱が直接伝わる。

​蓮「……」
 蓮、目を見開く。
 ドクン、ドクンという、力強い『生命の音』が、凍えた黄泉の皇子の指先から流れ込んでくる。
​蓮(独白)「……眩しすぎるほどの……『生』の奔流……心地いい」
 蓮の瞳が、とろりと甘く揺らぐ。
 蓮、無意識に、沙羅の手首を掴み、グイッ、と引く。
 沙羅、バランスを崩し、蓮の胸の中に倒れ込む。
 蓮、そのまま沙羅を抱きしめ、ソファに押し倒すような体勢になる。

沙羅「れ、蓮さん!? な、何を……!」
蓮「……治療してくれるんだろ? 手だけじゃ足りない。もっと、君の熱を分けてくれ」
 蓮、沙羅の背中に腕を回し、逃げ場を塞ぐ。
 沙羅、もがこうとするが、蓮の体が小刻みに震えているのを感じて止まる。
沙羅(独白) 「震えてる……? 頭も良くて、顔も良くて……こんなに完璧に見えるのに……どうして、こんなに寂しそうなの」
 沙羅、恐る恐る蓮の冷たい背中に手を回す。
蓮「……こんな風に、誰かと熱を分け合うなんて、数ひゃ……久しぶりだ」
沙羅「……私もです」
 沙羅、力を抜いて身を委ねる。
沙羅「……ふふ、冷たくて、気持ちいい」
蓮「世界を敵に回して、戦う理由なんて、俺にはずっと、なかったけど……沙羅を見ていたら、変わりたくなった」
​沙羅「え……?」
 沙羅、顔を上げようとするが、蓮が抱きしめたままで動けない。
​蓮「君が戦うなら、俺はその盾になろう。だから、もう少しだけ……」
 ドクン、ドクン、ドクン!
 沙羅の鼓動が、蓮の冷たい胸に響く。
蓮「もう少しだけ……俺を、満たしてくれ」
 蓮の声色が、優しさから、切迫した飢餓感へと変わる。
 蓮、沙羅の首筋に、自分の唇を強く押し付ける。

 ジュウゥッ……!
 熱した鉄板に水をかけたような激しい音が響き、二人の接触面から蒸気が噴き出す。
 沙羅、ビクッと背中を反らす。突き抜けるような快感に瞳が潤み、口が開く。
沙羅(独白) 『熱く重かった体が……嘘みたいに、軽くなっていく。血管を流れる熱が、彼に吸い出されていく……!』
 蓮の表情のアップ。
 獲物の血をすする獣のような、恍惚と執着が混ざった瞳。
蓮(独白) 『喉の奥が焼けるほど熱く、痺れる』
 蓮、さらに強く沙羅を抱きしめる。氷の腕が沙羅の華奢な体を拘束する。
蓮「……もっとだ。もっと熱を寄越せ……」
沙羅「んっ……蓮さん……冷たい……きもちい……」
 意識が朦朧とする沙羅。蓮の頭に手を回し、しがみつく。
沙羅(独白)「蓮さんの寂しそうな瞳を……私が、少しでも……癒せたら」
 暖炉の火が、重なり合う二人の影を揺らしている。