​シーン1-1:
 大正時代。
 帝都・鹿鳴館風の舞踏会場・テラス(夜・雪)
雪が、帝都の闇に降り積もる

 十条 沙羅(20代前半:深紅のドレス。大きな瞳の、清楚な美人)が、テラスにいる。
 体温が高い沙羅の周囲だけ、雪が「ジュッ」と音を立てて蒸気になる。

​鷹人「沙羅……話があるんだ」

 鷹人(20代前半)、沙羅を見つめる。

​沙羅「……婚約破棄の話?」
 ​沙羅の声は、静かだ。
 沙羅が、手すりに手を触れると、雪が一瞬で溶ける。
​沙羅 「良いお家のお嬢様との縁談が来てるって、聞いたよ。私より若くて、医学になんか、興味を持たない方。触れると火傷しそうなほど熱い、異常体温症なんて病気も無い……」
​鷹人「……僕は、人の為に一生懸命になれる沙羅が好きだ! 幼い頃から、ずっと! たとえ……触れ合えなくても」
 鷹人、沙羅の華奢な肩を掴む。が、沙羅の体温の熱さに、すぐに離す。
​鷹人「でも、父が……世間が許さない。君が『青死病』の研究に関わっている限り……。君の研究への支援も、今年で打ち切るって」
 鷹人の瞳が揺れる。
​鷹人「研究を辞めてくれ。普通の奥様になってくれるなら、父も説得できる。子供は養子を取ろう。幸せになれるよ。僕が一生、何不自由なく暮らせるように、全力で守るから」

 沙羅、一報の論文を取り出す。
​沙羅「見て、この著者名を」
 鷹人、視線を落とす。
 『十条 宗一郎』『十条 創太』『高橋 勝』。
 その名前の横には、小さな十字架が記されている。
​沙羅「父様も、兄様も。この十字架がついている人は皆、『青死病』の研究中に感染して殉職した」
 沙羅の指先が、十字架をなぞる。
​沙羅「私は生き残った。……私だけが、彼らの研究を引き継げる」
​鷹人「怖いんだ、君が……君もいつか、その十字架の列に加わるんじゃないかと」
​沙羅「だったら、何?! ……世界を救うと、約束したんだ! 自分を守るだけの幸せなら、要らない!」
​沙羅「ごめん、鷹人」
 沙羅、闇夜の庭園へと去る。


​シーン1-2:
 帝都・上空(夜・雪)
 舞踏会場の、はるか頭上。
 時計塔の針の上に、空中に浮かんだ、人影がある。

 三神 蓮(レン、20代後半に見える容姿)。冷たい美貌、黒髪黒目。漆黒のロングコート。

 蓮の肩の上には、手のひらサイズの白い子鹿(​シカネ)が乗っている。
 蓮の瞳が、地上の沙羅を見下ろしている。

​シカネ『おいおい、フラれちまったよ。いや、フッたのかな。あの娘、傑作だねえ』
 愛らしい子鹿が、悪戯っぽく笑う。
​蓮「笑い事ではない。あの娘の論文……理論の欠落はあるが、方向性は正しい。……あれが完成すれば、死ぬはずの運命にある数百万人が、生き延びてしまう」
​​シカネ『黄泉(ウチ)の役所が大パニックになるってやつか。”運命の帳尻”が合わなくなるってな』
​蓮「ああ。父上から、『絶対に論文を完成させるな』と厳命を受けている。……自分自身が千年の時も持たぬくせに、他人を生かす医学などのために、みすみす余命を使うとは……人とは異なものだ」
​​シカネ『黄泉の皇子も大変だねぇ。で、どうする? 鎌でサクッと寿命を刈り取る?』
​蓮「野蛮な。……傷心につけこむなど、美学に反するが……魅了して、研究を放棄させればいい。あれほどの気概のある娘……俺に堕ちた時が見物だな。ああ、疾く……手に入れよう」
​​シカネ『へいへい、色男。精々、骨抜きにしてやってくだせえ。あの娘が医学を忘れて、恋に溺れるようにさ』
蓮「近年稀に見る、純粋で輝きの強い魂だ……余計な手出しは無用だぞ? 沙羅からは、​シカネは見えないようにしておくからな?!」


シーン1-3:
 帝都・路地裏(夜・雪)
 激しい雪。
 沙羅、路地裏を歩きながら泣いている。泥に汚れたドレス。

沙羅(独白)「寒い……バカだ、私」

 その時。
 蓮が、路地裏に現れる。
 漆黒のロングコート。美しいが、血の気が全くない陶器のような肌。

 蓮が歩くたび、足元の雨水が瞬時に凍りつき、氷の華を咲かせている。

 沙羅の上だけ、雪が止む。
 コート姿の蓮が傘を差しかけている。

​蓮「可憐な花が、泥に塗れるとは。このままでは風邪をひくよ」
 蓮、優しい笑顔。沙羅の濡れた頬に触れる。しなやかな指が、涙を、ぬぐう。
​蓮「……おいで」