香りの記憶、人生の処方箋



私は彼女にハーブティーを出した。
今日はオレンジとカモミールのブレンド。
心を温めて、リラックスさせてくれる香り。

「お名前、聞いてもいいですか?私は柚木和花です」
「森下結衣です。高校3年生です」

結衣さんは少し緊張した様子で、カップを両手で包む。
少し沈黙が流れた後、結衣さんがゆっくりと話し始めた。

「あの……私、クラスメイトの男子が好きなんです」
「はい」
「でも、告白する勇気が出なくて。もうすぐ卒業だから、今言わないと後悔するって分かってるんですけど」

結衣さんの声が、少しずつ小さくなっていく。

「自分に自信が持てないんです。彼にふさわしくない気がして」

その言葉を聞いて、私の胸が締め付けられた。
――ああ、本当に、昔の私と同じだ。
私も、瀬川さんに片思いをしていた時、同じことを思っていた。
自信がない。彼にふさわしくない。でも、気持ちを伝えたい。
そして、結果的に――傷つけてしまった。

「結衣さん」

私は静かに言った。

「どうして、自分にふさわしくないって思うんですか?」
「だって……。彼、すごく優秀で。成績もいいし、スポーツもできるし、みんなから人気があって」

結衣さんは俯いた。

「私なんて、普通で。特別なことなんて何もなくて」
「普通って、ダメなことですか?」

私が尋ねると、結衣さんは顔を上げて驚いた表情で私を見た。

「え……っ?」
「普通でいることって、悪いことではないと思います。それに、あなたが『普通』だと思ってることが、他の人から見たら『特別』なのかもしれないのです」

私は続けた。

「それに、彼が何を大切にしているか、分からないですよね?……もしかしたら、あなたの優しさとか、笑顔とか、そういうところに惹かれるかもしれないです」

結衣さんは少し目を丸くした。

「でも……」
「結衣さん。私……」

私は少し迷った後、言葉を続けた。

「昔、同じような経験をしたことがあるんです」
「えっ?」

結衣さんが驚いた表情で私を見つめた。

「……大学の時、先輩に片思いをしてて。でも、自信がなくて。だけどそれでも、気持ちを伝えたくて」

私は少し息を吸った。

「それで、誕生日に香りを贈ったんです。自分が好きな香りを。でも……」

言葉が、少し詰まった。
それでも結衣さんは私の話を黙って聞いている。

「それが、先輩を傷つけることになってしまった」

結衣さんは真剣な表情で、私を見つめていた。

「先輩には、亡くなった大切な人がいて。私が贈った香りが、その人を思い出させてしまったみたいなんです。それで、先輩は私を避けるようになった。私は、何も聞けなかったんです」

私は俯いた。

「ひとりよがりだったんです。相手のことを考えずに、自分の気持ちだけで突っ走ってしまって」

話し終えるとしばらく沈黙が続いた。
結衣さんもこんな話を聞かされて、どう反応をしていいのか困っているのかもしれない。
女子高生相手に重すぎたかな……?
やがて、結衣さんが小さく言った。

「でも……和花さんは、ちゃんと気持ちを伝えたんですよね」

予想もしていなかった反応に、私は驚いて顔を上げた。

「え?」
「失敗したかもしれないけど、行動したんですよね。私、それってすごいと思います」

結衣さんは真剣な表情で言った。

「私、怖くて何もできないでいるのに。和花さんは、ちゃんと一歩踏み出したんですよね」

その言葉に、私は少しハッとした。
――そうか。
私は失敗したことばかり考えていた。
でも、確かに、あの時の私は勇気を出して一歩踏み出した。
結果は良くなかったけど、何もしないで後悔するよりは――。

「結衣さん……。あなたには、後悔してほしくないです」
「え……?」
「私は失敗をしました。でも、もし何もしないで卒業してたら、もっと後悔してたと思います。……だから、あなたには、ちゃんと気持ちを伝えてほしいです」
「でも、自信が……」
「自信なんて、なくていいんですよ」

私は微笑んだ。

「完璧じゃなくていいんです。ただ、自分の気持ちに正直になればいいんですよ。彼が受け入れてくれるかどうかは、分からないですが、伝えなければ、もっと分からないままなのですから」

まるで過去の自分に言い聞かせているようだった。
結衣さんを見ると、彼女は少し涙ぐんでいた。

「和花さん……」
「一緒に探しましょう。あなたが自分を信じられるようになる香りを」

私は手を差し伸べた。
結衣さんは涙を拭いて、頷いた。



私たちは香りの棚の前に立った。
窓から差し込む秋の光が、精油の瓶を優しく照らしている。

「ではまず、これを」

私はローズの瓶を手に取った。

「ローズは、恋愛の香りとして有名ですが、それだけじゃないんです」

瓶の蓋を開けて、結衣さんに差し出す。

「自己肯定感を高めてくれる香りでもあるんですよ」

結衣さんが香りを嗅ぐ。

「甘い……でも、優しい香り」
「そうでしょう?ローズは、自分を愛することを思い出させてくれます」

私は説明を続けた。

「古代エジプトのクレオパトラも、ローズの香りを愛していたって言われています。彼女は、自分に自信を持って、堂々と生きていました」
「クレオパトラ……」

世界三大美女で有名なクレオパトラの名前を聞いて、結衣さんは少し目を輝かせた。

「はい。彼女は、部屋中をバラの花びらで埋め尽くして、その香りの中で過ごしたと言われています。彼女は、自分に自信を持って、堂々と生きていました」

私は結衣さんの目を見た。

「だから、結衣さんも、自分を信じていいんですよ」
「自分を信じて……」

ローズの瓶を握りしめながら結衣さんが呟く。
私は頷きながら、次の香りの瓶に手を伸ばした。

「では次は、これを」

私はジャスミンの瓶を開けた。
甘く、でも力強い香りが広がる。

「ジャスミンは、勇気を与えてくれる香りです」
「勇気……」
「そう。一歩踏み出す勇気。自分を信じる勇気」

結衣さんが香りを嗅ぐ。

「これ……なんだか、背中を押されてる感じがします」
「でしょう?ジャスミンは、『夜の女王』って呼ばれることもあるんですよ。夜に咲く花で、その香りはとても強くて、存在感があるんです。だからあなたも、自分の存在を信じていいんですよ」

私の説明に結衣さんは小さく頷いた。

「そして最後に、これを」

最後に私はベルガモットの瓶を開けた。

「ベルガモットは、明るく前向きな気持ちにさせてくれます」

結衣さんが嗅いで、少し笑顔になった。

「これ、好きかも。爽やかで、明るい気持ちになります」
「そうでしょう?では、この3つでブレンドを作りましょう。あなたの勇気を応援する香りを」

私の言葉に、結衣さんは力強く頷いた。