香りの記憶、人生の処方箋

カウンターに戻ると、私は小さなガラス瓶を二人分として二つ用意する。

「お二人で同じ香りを持つんですよね?」
「はい」

私の確認に彩花さんが頷いた。

「じゃあ、全く同じブレンドを二つ作ります」

そう言って、私はキャリアオイルを瓶に注いだ。
そして、一滴ずつ、慎重に精油を垂らしていく。

「ローズマリーを二滴」

記憶のハーブ。
大切な人を忘れないための香り。

「オレンジスイートを三滴」

温かさと絆の香り。

「ラベンダーを一滴」

心を落ち着かせる香り。
瓶を優しく振って、香りを混ぜ合わせる。
三つの香りが一つになって、新しい香りが生まれる。

「できましたよ。はい、おひとつずつどうぞ」

そう言って、私は二人に瓶を渡した。
彩花さんと翔太さんが、ゆっくりと瓶を手に取り、同時に香りを嗅ぐ。
数秒の沈黙。
そして――。

「……いい」
「これ、すごくいい」

二人は顔を見合わせて、笑った。
その笑顔が、とても幸せそうで、私まで嬉しくなった。

「これが、私たちの香りですね」

彩花さんが瓶を大切そうに持った。

「はい。会えない時、この香りを嗅いでください。そうすれば、お互いを感じられます。香りが、二人を繋いでくれますよ」

私が笑顔で言うと、二人はキラキラとした笑顔で頷く。

「これを嗅ぐたびに、彼女を思い出せますね」
「私も」

翔太さんが言うと、続けて彩花さんが嬉しそうに頷いた。

「遠く離れていても、この香りが一緒なら、繋がってる気がする」

二人は、また手を繋いだ。
その手の温かさが、私にも伝わってくる気がした。



二人が店を出る時、彼らの表情は来た時よりもずっと明るかった。

「ありがとうございました!」

彩花さんが元気に手を振った。

「会えない時も、これで頑張ります」

翔太さんも笑顔で言った。

「はい、お二人の幸せがいつまでも続く事を願っております」

カランカラン。
軽快にドアベルが鳴って、外へ出て、丁寧に頭を下げ、二人を見送る。
二人が商店街に消えていく。
私はしばらく、彼らの背中を見つめていた。
二人は手を繋いだまま、笑いながら歩いている。

――香りが、人を繋ぐ。
離れていても、同じ香りを嗅ぐことで、お互いを感じられる。
それって、すごく素敵なことだ。
私は、また一つ学んだ気がした。
香りは、記憶を呼び起こすだけじゃない。
人と人を繋ぐ力もある。
胸が、温かくなった。

「良かったね、和花」

後ろから声がして、振り返ると誠一郎さんが立っていた。

「誠一郎さん……」
「君の提案、とても良かった」

誠一郎さんは優しく笑った。

「香りは、人と人を繋ぐ力がある。それを、君は理解し始めている」

私は少し照れながら頷いた。

「まだまだですけど……でも、少しずつ分かってきた気がします」
「それでいい。焦る必要はない」

誠一郎さんは私の肩に手を置いた。

「一歩ずつ、前に進めばいい」

その言葉が、胸に染みた。
一歩ずつ。
それでいいんだ。