香りの記憶、人生の処方箋



夜、蓮さんが迎えに来てくれた。

「和花さん、お疲れさま」
「お疲れさまです」

私は笑顔で答えた。

「今日は特別な日だね」
「はい」

私たちは、誠一郎さんと三人で、近くのレストランに向かった。
雪が積もった商店街を歩く。
真っ白な世界が、街灯の光を受けて輝いている。

「綺麗ですね」

私は呟いた。

「うん、綺麗だね」

蓮さんが答えた。



レストランで、私たちは楽しい時間を過ごした。
誠一郎さんが昔話をして、蓮さんがツッコミを入れて、私が笑う。
そんな、温かい時間。
食事が終わった後、誠一郎さんが言った。

「僕は先に帰るよ。君たち、ゆっくりしておいで」
「え、でも…」
「いいから、いいから」

誠一郎さんは優しく笑った。

「メリークリスマス」

そう言って、彼は店を出ていった。
私と蓮さんだけが、残された。

「おじいちゃん、気を使ってくれたみたいだね」

蓮さんが照れたように笑った。

「そうですね」

私も笑った。
少し沈黙が流れた。

「和花さん」

蓮さんが口を開いた。

「今日、何かあった?」

その言葉に、私は少し驚いた。

「え?」
「なんか、表情が違う気がして」

蓮さんは言った。

「悲しいとか、辛いとかじゃなくて。なんていうか…吹っ切れたような」

その言葉を聞いて、私は少しだけ驚いた。
やっぱり、蓮さんは気づいてくれるんだ。

「…実は」

私は少し迷った後、話し始めた。

「今日、大学時代の先輩に会ったんです」
「先輩?」
「はい。私が、香りで傷つけてしまった人」

私は、瀬川さんのことを話した。

あの日のこと。
4年間引きずってきたこと。
そして、今日、ようやく和解できたこと。
蓮さんは、静かに聞いていてくれた。

「…そっか」

話し終わった後、蓮さんが言った。

「良かったね、和花さん」
「はい」

私は笑顔で答えた。

「もう、大丈夫です」

それを聞いて、蓮さんは優しく笑った。

「和花さん、本当に強くなったね」

その言葉を聞いて、私の胸が温かくなった。
少し沈黙が流れた後、蓮さんが真剣な表情を向けてきた。

「俺、和花さんのこと…好きなんだ」

その言葉を聞いて、私の心臓が止まりそうになった。

「ずっと、好きだった」

蓮さんは続けた。

「でも、和花さんは過去のことで苦しんでて。だから、言えなかった。和花さんが前を向けるまで、待とうって思ってた」

その言葉を聞いて、私の目に涙が浮かんだ。

「蓮さん…」
「和花さんは?」

蓮さんが尋ねた。

「俺のこと、どう思ってる?」

私は少し迷った。
でも、もう逃げない。

「私も…好きです」

その言葉を口にした瞬間、涙がこぼれた。

「蓮さんのこと、好きです」

蓮さんは優しく笑った。

「良かった」

彼は私の手を取った。
温かい手。
その温もりが、心に染みた。

「これから、よろしくね」
「はい」

私は笑顔で答えた。

レストランを出ようとした時、蓮さんが言った。

「ねえ、和花さん」
「はい?」
「店に寄ってもいい?」

その言葉に、私は少し驚いた。

「え?今から?」
「うん。和花さんに、渡したいものがあるんだ」

蓮さんは少し照れたように笑った。

「クリスマスプレゼント」

私の胸が、高鳴った。



私たちは「桐の香」に戻った。
鍵を開けて、店の中に入る。
暖房は切れていて、少し冷たい空気が漂っている。で
も、木の温もりと、かすかに残る香りが、私たちを優しく包んでくれた。

「ちょっと待ってて」

蓮さんは店の奥に向かった。
私は入口で待ちながら、胸の高鳴りを抑えようとした。
クリスマスプレゼント。
蓮さんが、私に何を?
しばらくして、蓮さんが戻ってきた。
彼の手には、何も持っていなかった。

「あの…」

私が尋ねかけると、蓮さんが言った。

「和花さんのための香りを、作りたいんだ」

その言葉に、私は息を呑んだ。

「私の…香り?」
「うん」

蓮さんは頷いた。

「和花さんは、いつも他の人のために香りを選んでる。でも、和花さん自身の香りは?」

蓮さんは優しく笑った。

「俺が、和花さんのために選びたい。和花さんを表す、特別な香りを」

その言葉を聞いて、私の目に涙が浮かんだ。

「蓮さん…」
「手伝ってくれる?」

蓮さんが手を差し伸べた。
私はその手を取った。

「はい」


私たちは香りの棚の前に立った。
色とりどりの小瓶が並んでいる。
それぞれに、異なる物語が秘められている。

「まず」

蓮さんが言った。

「俺が思う、和花さんらしい香りを選んでみるね」

彼は棚の前を歩きながら、一つ一つの瓶を見ていく。
その真剣な表情が、私の胸を温かくした。
やがて、蓮さんが最初の瓶を手に取った。

「ラベンダー」

彼は瓶の蓋を開けた。
優しく、柔らかな香りが広がる。

「和花さんって、人を癒す力があると思うんだ」

蓮さんは私を見た。

「お客さんの話を聞いて、寄り添って、心を軽くしてあげる。それって、ラベンダーみたいだなって」
私は少し照れながら、香りを嗅いだ。
確かに、ラベンダーは心を落ち着かせてくれる香り。

「ありがとうございます」

私は小さく言った。

「次は、これ」

蓮さんはベルガモットの瓶を開けた。
明るく、爽やかな柑橘系の香りが広がる。

「和花さんの笑顔って、すごく明るいんだ」

蓮さんは続けた。

「最初は不安そうだったけど、今は自信を持って笑える……その笑顔が、周りを明るくする。ベルガモットみたいに」

その言葉を聞いて、私の胸が熱くなった。
蓮さんは、そんな風に見てくれていたんだ。

「最後に、これ」

蓮さんはローズの瓶を手に取った。
蓋を開けると、甘く、優雅な香りが広がった。

「和花さんって、強いんだ」

蓮さんは真剣な表情で言った。

「過去のトラウマがあっても、逃げずに向き合った。そして、乗り越えた。その強さと優しさ、美しさ。それが、ローズみたいだなって」

私の目から、涙がこぼれた。

「蓮さん…」
「泣かないで」

蓮さんは優しく笑った。

「これから、和花さんの香りを作るんだから」

私は涙を拭いて、頷いた。