香りの記憶、人生の処方箋



午後、お客さんが増え始めた。
特に、若い女性たちが多かった。
カランカラン。

「あの、すみません!」

元気な声で、女子高生が二人入ってきた。
制服姿で、頬を赤くしている。

「いらっしゃいませ」

私は笑顔で迎えた。

「あの、ここって、恋愛が叶う香りを作ってくれるお店ですよね!?」

一人が目を輝かせて言った。

「え…?」

私は少し戸惑った。

「友達から聞いたんです!ここで恋愛相談して、ぴったりの香りを作ってもらったら、告白が成功したって!」
「結衣って子なんですけど、知ってますか?」

結衣さん、か。
私は思わず笑顔になった。

「はい、知っていますよ」
「やっぱり!本当だったんですね!」

もう一人の女子高生が興奮気味に言った。

「私も片思いしてて。どうしても叶えたくて」
「ネットでも話題になってて。『商店街の恋愛成就の店』って」

その言葉を聞いて、私は少し驚いた。
恋愛成就の店、か。
そんな噂が広まっているなんて。

「あの…」

私は少し困ったように笑った。

「恋愛が必ず叶う、というわけじゃないんです。……ただ、皆さんのお話を聞いて、その方に合った香りを選ぶお手伝いをしているだけで」
「でも、結衣は成功したんですよね!?」
「はい。でも、それは結衣さんが勇気を出したからです」

私は続けた。

「香りは、あくまでも背中を押してくれるもの。最後に一歩を踏み出すのは、ご自身なんです」

二人は顔を見合わせて、真剣な表情で頷いた。

「分かりました!」
「じゃあ、私たちも勇気を出します!だから、背中を押してくれる香りを作ってください!」

その真剣な表情を見て、私は微笑んだ。

「はい。一緒に探しましょう」



その後も、若い女性たちが次々と訪れた。
みんな、恋に悩んでいて。
勇気を探していて。
私は、一人一人の話を聞いて、その人に合った香りを選んでいった。
店は、温かい活気に包まれていた。
接客の合間、携帯電話を確認すると、メールが届いていた。
真帆さんからだった。

『和花さん、メリークリスマス。あれから、新しい出会いがありました。職場の方なんですが、とても優しくて。まだお付き合いしているわけではありませんが、前向きに考えています。あの時の香り、今も毎日使っています。本当にありがとうございました』

その文面を読んで、私は思わず笑顔になった。
良かった。
真帆さん、前に進んでいる。
他にも、岡本さんからメッセージが届いていた。

『転職、成功しました。今の会社は働きやすくて、毎日が充実しています。あの時、柚木さんに相談して本当に良かったです。ありがとうございました』

春菜さんからも。

『後輩の方とお付き合いを始めました。少しずつですが、新しい恋を楽しんでいます』

京子さんからも。

『自分のための時間を大切にしています。新しい趣味も見つけました。これからの人生、楽しみです』

みんな、前に進んでいる。
その言葉たちが、私の胸を温かくした。

カランカラン。
ドアベルが鳴って、見覚えのあるカップルが入ってきた。
彩花さんと翔太さんだった。

「和花さん!」

彩花さんが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「お二人とも!」
「報告したくて!来年、私、東京に引っ越すことになったんです!」

彩花さんが笑顔で言った。

「遠距離、終わります!」
「本当ですか!良かったですね!」

私は心から喜んだ。

「あの時の香り、今でも二人で使ってるんです」

翔太さんが言った。

「この香りがあったから、離れていても頑張れました」

二人の幸せそうな笑顔を見て、私の目に涙が浮かんだ。
しばらくして、また別のお客さんが来た。
恵子さんと美月さんだった。

「和花さん、こんにちは」

二人は仲良く手を繋いでいた。

「お二人とも!」
「今日は、お互いにクリスマスプレゼントを選びに来たんです」

美月さんが嬉しそうに言った。

「あの時の香り、毎日一緒に使ってるんですよ」

恵子さんが続けた。

「おかげで、関係がすごく良くなりました」

二人の距離は、とても近かった。

そして――。
カランカラン。
また、ドアベルが鳴った。
今度は、橘さんが入ってきた。
でも、一人じゃなかった。
隣には、30代くらいの優しそうな女性が一緒だった。

「柚木さん」

橘さんが少し照れたように笑った。

「紹介します。妻です」

その言葉を聞いて、私は驚いた。
奥様と、一緒に。

「あの時、妻にちゃんと話したんです」

橘さんが続けた。

「後輩から告白されたこと。でも、僕は妻が大切だということ。それから、ちゃんと向き合うようになりました」

奥様が柔らかく笑った。

「あなたのおかげで、主人が変わったんです。今は、前よりもずっと話すようになって。二人の時間を大切にするようになって。……本当にありがとうございました」

その言葉を聞いて、私の胸が熱くなった。
みんな、笑顔だった。
幸せそうだった。
――ああ、良かった。
みんな、前に進んでいる。
私も、前に進めている。

「和花」

誠一郎さんが、少し呆れたように笑いながら言った。

「すごい人気だね。『恋愛成就の店』なんて」
「す、すみません…」

私は少し恥ずかしくなった。

「謝ることはないよ」

誠一郎さんは優しく言った。

「みんな、君に救われている」
「君が真摯に向き合ってきたから、こうして多くの人が訪れてくれるんだ」
「それが、何よりも素晴らしいことだ」

その言葉を聞いて、私は改めて思った。
この仕事が、好きだ。
香りを通じて、人に寄り添うこと。
それが、私の生きる道なんだ。

夕方、雪はすっかり止んでいた。
空には青空が広がり、太陽が雪に反射してキラキラと輝いている。
商店街は、真っ白な雪に覆われていて、まるで別世界のようだった。

「和花、そろそろ閉めようか」

誠一郎さんが言った。

「はい」

私は店を閉める準備を始めた。
レジを締めて、精油の瓶を確認して、テーブルを拭く。
いつもの作業を丁寧にこなしていると、心が落ち着く。
今日も、良い一日だった。