香りの記憶、人生の処方箋



私たちは、カフェスペースに座った。
ハーブティーを淹れる手が、少し震えている。
カップを持つ指先が、冷たい。
瀬川さんは、静かに待っていてくれた。
私は彼の前にカップを置いて、自分も向かいに座った。
しばらく、沈黙が続いた。
窓の外では、また雪が降り始めている。
静かに、でも確実に、世界を白く染めていく。

「和花」

瀬川さんが口を開いた。

「あの時は、ごめん」

その言葉に、私は顔を上げた。

「僕が君を避けたこと。ちゃんと説明もしないで」

瀬川さんは俯いた。

「君を傷つけてしまったよね」
「いえ…」

私は首を振った。

「私こそ、ごめんなさい」

声が震えているのが自分でもよくわかる。

「瀬川さんのこと、何も考えずに。ひとりよがりで香りを贈って」

涙が、こぼれそうになった。

「でも」

瀬川さんが顔を上げた。

「君が贈ってくれた香り、本当は嬉しかったんだ」

その言葉に、私は驚いた。

「え…?」
「ただ、あの時の僕は、まだ彼女の死から立ち直れてなくて」

瀬川さんは目を閉じた。

「君が選んでくれた香り。それが、彼女が愛用していた香水に似ていて。……それで、一気に記憶が蘇ってきて。苦しくなって」

瀬川さんの声が震えた。

「でも、それは君のせいじゃない。僕が、まだ前を向けてなかっただけ。……君を避けたのは、僕の弱さのせいで。君が悪いわけじゃなかった」

その言葉を聞いて、私の涙が止まらなくなった。

「ごめん。今更こんなこと言われても、困るよね」

瀬川さんが申し訳なさそうに言った。

「でも、ずっと言いたかったんだ。君に、ありがとうって」
「ありがとう…?」

私は涙を拭いながら尋ねた。

「うん」

瀬川さんは微笑んだ。

「君が香りを贈ってくれたこと。それがきっかけで、僕は自分の気持ちと向き合えた」
「ああ、俺はまだ彼女のことを引きずってるんだって」
「それで、ちゃんとカウンセリングを受けたりして。少しずつ、前を向けるようになった」

瀬川さんは続けた。

「今は、新しい恋人もできて。幸せに暮らしてる」

その言葉を聞いて、私の胸が温かくなった。

「良かった…」

私は心から言った。

「本当に、良かったです」

瀬川さんは優しく笑った。

「和花も、変わったね」
「え?」
「SNSの写真、見たよ。すごく優しい笑顔で、お客さんに寄り添ってた」

瀬川さんは言った。

「あの時の和花も優しかった。でも、今の和花は、もっと強くなってる気がする」

その言葉を聞いて、私は少し照れた。

「…ありがとうございます」
「これからも、頑張ってね」

瀬川さんは立ち上がった。

「それだけ、伝えたかったんだ」
「瀬川さん」

私も立ち上がった。

「本当に、ありがとうございました」

私は深々と頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとう」

瀬川さんも頭を下げた。
それから、彼は店を出ていった。
雪の中に消えていく、彼の背中。
もう、そこに後悔はなかった。



瀬川さんが出ていった後、私はしばらくその場に立っていた。
胸が、温かかった。
――ああ、終わったんだ。
4年間、ずっと引きずっていたもの。
それが、ようやく終わった。

「和花」

誠一郎さんが声をかけてきた。

「大丈夫かい?」
「はい」

私は涙を拭いて、笑顔を見せた。

「大丈夫です。もう、大丈夫です」

誠一郎さんは優しく笑った。

「良かったね」

その言葉が、胸に染みた。