香りの記憶、人生の処方箋

12月24日、クリスマスイブ。
朝から雪が降っていた。
窓の外を見ると、白い雪が静かに舞い落ちている。
商店街の屋根に、街路樹の枝に、積もった雪が白い綿のように広がっていく。
その光景は、まるで絵本の中のようだった。
私は窓際に立って、その雪を見つめていた。
冷たい空気が窓ガラス越しに伝わってくる。
でも、店の中は暖かい。
暖房の温もり、木の温もり、そして香りの温もり。
それらが混ざり合って、心地よい空間を作り出している。

「和花、雪、綺麗だね」

誠一郎さんが、私の隣に立った。

「はい。こんなに積もるの、久しぶりですね」

私は窓の外を見つめながら答えた。

「クリスマスに雪が降ると、特別な感じがするね」

誠一郎さんは優しく笑った。

「そうですね」

私も笑顔になった。
今日は、特別な日。
クリスマスイブ。
そして、夜には蓮さんと誠一郎さんと三人で、食事に行く予定だった。
そのことを考えると、少しだけ胸が高鳴る。
でも、その前に。
今日も、店での仕事がある。
お客さんが来る。
その人たちに、寄り添わなければならない。

「さあ、準備をしようか」

誠一郎さんが言った。

「はい」

私はエプロンをつけて、いつものように店の準備を始めた。
精油の瓶を確認して、カフェスペースのテーブルを拭いて、窓を磨く。
一つ一つの作業が、心を落ち着かせてくれる。
店の扉を開けると、冷たい空気が入り込んできた。でも、その冷たさが心地よい。

「いらっしゃいませ」

私は深呼吸をして、今日という日を迎えた。



午前中は、比較的静かだった。
雪のせいか、お客さんの足も少ない。
でも、時々、クリスマスプレゼントを探しに来る人が訪れた。
恋人へ、家族へ、自分へ。それぞれの想いを込めて、香りを選んでいく。
私は一人一人に丁寧に対応しながら、心の中で祈った。
この香りが、あなたの大切な人を幸せにしますように。
この香りが、あなた自身を癒しますように。

昼過ぎ、雪が少し弱まった頃。
カランカラン。
ドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

私は顔を上げて、笑顔で迎えた。
でも、その笑顔が、一瞬で凍りついた。
そこに立っていたのは――。

「久しぶり、和花」

その声。
忘れもしない声。
瀬川遼さんだった。


時間が止まったような気がした。
心臓が、激しく打っている。
呼吸が、浅くなる。

瀬川さんは、4年前とほとんど変わっていなかった。
黒縁メガネ、少し長めの髪、穏やかな表情。
でも、以前よりも少しだけ、落ち着いた雰囲気になっている気がした。

「せ、瀬川さん…」

私は声を震わせながら言った。

「驚かせてごめん」

瀬川さんは少し申し訳なさそうに笑った。

「この店、SNSで見つけて。まさか和花が働いてるとは思わなかったけど」

その言葉を聞いて、私は少しだけ我に返った。
SNS。
蓮さんが作ってくれたSNS。
それを見て、瀬川さんが来たんだ。

「あの…」

私は言葉に詰まった。
何を言えばいいのか、分からない。

「少し、話せるかな?」

瀬川さんが静かに言った。

「あの時のこと。ちゃんと話したくて」

私は少し迷った。
でも、誠一郎さんが優しく頷いてくれたのが見えた。

「…はい」

私は小さく答えた。