香りの記憶、人生の処方箋



食事を終えて、店を出た。
外は、さらに冷え込んでいた。吐く息が真っ白で、頬が冷たい風に撫でられる。
でも、心は温かかった。

「送るよ」

蓮さんが言った。

「いえ、大丈夫です」
「そう言わないで。寒いし」

蓮さんは優しく笑った。
私たちは並んで歩き始めた。
商店街の街灯が、二人の影を長く伸ばす。冷たい空気の中、私たちの吐く息が白く混ざり合う。
しばらく歩いた後、蓮さんが口を開いた。

「和花さんと一緒だと、楽しいな」

その言葉に、私の心臓が跳ねた。

「えっ?」
「あ、いや……変な意味じゃなくて」

蓮さんは少し慌てて言った。

「ただ、和花さんと話してると、心が落ち着くっていうか……香りの話も、面白いし」
「私も……蓮さんと一緒にいるのは楽しいです」

私は少し照れながら答えた。

その言葉を口にした瞬間、自分でも驚いた。
本当に、楽しいと思っている。
蓮さんと一緒にいると、心が温かくなる。
それが、どういうことなのか。
まだ、はっきりとは分からないけれど。

私たちは駅に着いた。
改札の前で、立ち止まる。

「今日は、ありがとうございました」

私は頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとう。……また、誘ってもいいかな?」

その言葉に、私は少しドキッとした。
また、二人で……っていう意味でいいのかな。

「……はい」

私は小さく答えた。

「じゃあ、また。気をつけて帰ってね」

蓮さんは手を振った。

「はい、蓮さんも」

私は改札を通って、振り返った。
蓮さんは、まだそこに立って、手を振っていた。
私も小さく手を振り返した。



電車の中で、私は一人、考えていた。
今日の時間。
蓮さんとの会話。
彼の笑顔。
それらが、頭の中をぐるぐると回る。
――これって、何?
友達としての楽しさ?
それとも――。

私は、自分の胸に手を当てた。
心臓が、少し早く打っている。
蓮さんのことを考えると、胸が温かくなる。
彼の笑顔を思い出すと、自然と笑顔になる。
これって――。

私は、少しだけ、自分の気持ちに気づき始めていた。
でも、まだ認めたくない。
怖いから。
また、誰かを好きになって、また傷つけてしまうかもしれない。
そう思うと、怖かった。
でも、結衣さんの言葉が、頭をよぎる。

――勇気を出して、告白して、良かったです。

彼女は、勇気を出した。
じゃあ、私も――?
まだ、分からない。
でも、少しずつ、自分の気持ちと向き合っていこう。
そう思った。

電車の窓から、外を見る。
冬の夜空に、月が輝いていた。
冷たくて、でも美しい光。
私は、その月を見つめながら、深く息を吐いた。
白い息が、窓ガラスを曇らせる。

――ゆっくりでいい。
焦らなくていい。
自分のペースで、前に進もう。
そう、自分に言い聞かせた。