令和●年八月。
 
 かつて、魅禍月村だった場所は、廃村となっていた。
 地図から消えたこの村は、ネット掲示板やSNSで心霊スポットとして話題となり、テレビで取り上げられたことで、多くの人が訪れるようになっていた。
 
 過去に、自分の親族がここで失踪していたことを知った冬月亜紀は、何故かこの村が気になり、行ってみることにした。

 かつて村だった場所から一番近い集落までは、かろうじてバスが運行していたが、そこから先は、ネットでの情報を頼りに、自分の足で歩くしかなかった。

 亜紀は、山道を歩いていった。
 かつては舗装されていたであろう道路が、かろうじて残っていたが、すでに草木が生い茂り、普通自動車免許を持っていない亜紀ですら、乗用車での通行は困難であることが一目でわかった。

 一時間ほど道を歩き続けて、亜紀はようやくかつての村の跡地に辿り着いた。

 かつての村だった場所にあった建物は荒らされており、スプレーで書かれたよく分からない落書きが、そこら中に書かれていた。

(やはり、心霊スポットとして有名になったせいで、荒らされてしまったのね。どうして、こんなひどいことを平気でするのかしら?)

 しかし、かつての村の役場だった建物の前に立った亜紀は、何故か既にこの場所を知っているような感覚に襲われた。
 
(何でだろう、初めて来た気がしない。私はこの場所を知っている?)

 亜紀は、何故か建物の南側へと歩き出していた。
 自分でも、何故南側へと歩いているのか、分からなかった。

 そして、気がつくと、かつて村だった場所の外れにある、洞窟の前に立っていた。

(何故だろう? 私はこの奥から呼ばれている気がする……)

 亜紀は、そのまま洞窟の奥へと進んでいった。

 洞窟を抜けると、そこには青い花が一面に咲き誇っていた。

(綺麗、なんて花なんだろう?)

 不意に、後ろに気配を感じた。
振り返ろうとした亜紀は、そこで意識を失った。

(――ようやくだ。ようやく私に適合する身体を手に入れた。待っていろ外の人間ども。お前たちの命を奪って、必ず私の同胞を復活させてやる)

 そこには、かつてのアオと瓜二つの女性が立っていた。

 そして彼女はケラケラと笑うと、外の世界へと続く洞窟へと向かっていった。

「鬼の子よ、ようやく新しい身体を手に入れたようじゃのう」

 アオに似た女性に、胸の大きな女性が話しかけてきた。

「ああ、あんたのおかげだ妖狐。ここまで生きながらえることができたのもあんたのおかげ。本当に感謝しているよ」

「そうか。ならば、もう一度人生をやり直してみる気はないか?」

「人生をやり直すだと?」

「私がお前をこの里ができた時まで時間を巻き戻してやる。もちろん、お前の意識を残したまま、のう」

「それは面白い。私たちに呪いをかけた光圀のやつにも復讐できる。あの冬月の一族にもだ」

「決まりだな。では、お前の活躍、楽しみにしているよ」

 妖狐はアオに妖しく微笑むと、時間を巻き戻す術を使った。

◇◇◇

 次の瞬間、アオは自分の里があった場所に立っていた。まだ建物も、青い花も咲いていない、里を作る前まで、時間が巻き戻っているのが実感できた。

「これからもう一度、私はここに青い花の里を作る。次は邪魔はさせぬ。光圀にも、冬月にも。お前たちには必ず復讐してやる。覚悟しておけ!」

 アオは光圀への復讐として、水戸藩に里からスパイを送り込んだ。そして、アオの工作によって、水戸藩は天狗党の乱と呼ばれる内戦状態に陥り、崩壊寸前まで追いやられた。
 
 そして、里にやってきた退魔師の冬月玲司を返り討ちにして、冬月一族との因縁を断ち切った。

 里のケシの花を加工することによって、魅禍月村は栄え、令和の時代には富豪村と噂されるまでになった。

 しかし、栄枯盛衰という言葉のとおり、栄華を極めた富豪村とアオにも、崩壊への足音が近づいているのだった。