明治六年。

 かつての水戸藩は、明治四年の廃藩置県によって茨城県と呼ばれるようになった。
 この県の北部の山奥に、鬼に攫われて人がいなくなっていると噂されている村があった。

 明治になって新しく出来た茨城県から、この魅禍月村の調査にきた役人たちが、何人も行方不明となっていた。

 そのため、県は明治政府の担当者に状況を報告して、その対応を依頼した。
 依頼を受けた政府は、調査員として、冬月玲司(ふゆつきれいじ)春風魅躯(はるかぜみく)の二人を県に派遣した。
 二人は元々、英国の武器商人トーマス・グラバーが秘密裏に日本で結成したとある秘密結社の諜報員だった。
 秘密結社から明治政府に送り込まれていた二人は、政府の依頼によって、いまだ日本に残っている人外による事件を対処する退魔師として暗躍していた。

 明治六年八月。

 退魔師の二人は、行商人を装って、魅禍月村に潜入した。

 二人が村で聞き取りを行なった結果、この村には鬼が人々を攫うという伝承があり、その鬼は村の外れにある洞窟から出てくると言われていることがわかった。
 
 玲司たちは怖がる村人に金品を渡して洞窟の入口まで案内させた。

「案内ありがとう。これは私からの謝礼だ。受け取ってくれ」

 玲司は村人に追加で数枚の銀貨を渡す。村人は銀貨を受け取ると、すぐにその場から立ち去った。

「魅躯、この先には間違いなく魔の者がいる。すぐに戦えるように準備してから中に入ろう」

「わかった。何が起きても対処できるように準備して、身構えておくわ」

 玲司たちはグラバーから、対魔の兵器と呼ばれる特殊な武器を与えられていた。
 これは、人外と戦う退魔師のために作成された、彼らの切り札であった。

 玲司たちはランプに火をつけて洞窟の中を照らす。特に変わった様子は見受けられなかった。洞窟の奥に白い光が見える。

「出口が見える。周囲を警戒しながら、一気に駆け抜けよう」

「わかった」

 二人は武器を構えながら、洞窟の中をを一気に走り抜ける。そして、洞窟を抜けた先には、青い花が一面に咲き乱れていた。
 その光景はさながら青い絨毯が敷き詰められているかのようだった。息を整えてから、魅躯は玲司に話しかける。

「綺麗ね、なんて花なのかしら?」

「これはケシの花だよ、魅躯。清国をめちゃくちゃにしたという、いわくつきの花さ」

「そんな花が、なんでこんな場所に?」

「さあな。だが、あまり状況は良くないようだ」

 玲司たちは、いつの間にか白い仮面をつけた人物たちに囲まれていた。

「いつの間に!」

「どうやらこちらの動きを読まれていたようだ。村に内通者がいたようだな」

「それなら!」

 魅躯は、素早く小瓶を取り出すと、中に入った液体を振り撒いた。
 これは高純度で精製された退魔の聖水であり、魔の者たちであれば、匂いを嗅いだだけでもがき苦しむほどの効果があった。

「聖水に反応して苦しんでいる。人外で確定ね」

「こいつらが噂の鬼たちってわけだ。やるぞ魅躯。ここで一気にかたをつける」

「了解、まかせてよ」

 仮面の人物たちが、撒かれた聖水によって苦しみ出したのを見た玲司たちは、彼らを人外と判定した。
 そして、二人は予備の聖水を取り出すと、対魔の銃のエレメントチャンバーに注ぎ込んだ。

 対魔の銃は魔の者を倒すために特化した銃である。
 エレメントチャンバーに聖水やエレメントカプセルと呼ばれる元素が詰まったカプセルを投入することで、弾丸に退魔の力を付与することができるのだ。

「さて、魅躯くん。鬼退治といこうか」

 玲司たちは苦しむ仮面の人物たちに、冷静に聖水の成分を吸収した弾丸を打ち込んでいった。

 弾丸を撃ち込まれた鬼たちはもがき苦しみ、やがて動かなくなった。

 その様子を遠くから眺めていた背の高い女性が、ものすごい速さで二人の元へと近づいてきた。

「忌まわしい人間どもめ、私の里を壊しにきたか! 私は人間を絶対に許さない! 覚悟しろ!」