*

 家に帰ると、父さんは泣き腫らした俺の顔を見て、「母さんに会って来たんだな」と口にした。俺は誕生日ケーキを準備しながら、父さんに白猫の話をした。

「なるほど。迎え猫の体を美和は借りていた訳か」

 コタツに入りながら話を聞いていた父さんが納得したように頷いた。

「父さん、迎え猫を知っているの?」
「本で読んだことがある。神様の使いで、不思議な力を持っていて、成仏できない魂を迎えに来るそうだ。そして、迎え猫に連れて行かれた魂は天国に行けるそうだ」
「じゃあ、母さんも天国に」
「きっとそうだろうな」

 しんみりとした表情で父さんがコタツの上のケーキを見つめる。
 母さん直伝の苺のホールケーキだ。母さんが作ったものよりもやや不格好な見た目だが、味はちゃんと母さんの味だった。
 ケーキを口に含んだ瞬間、優しい玉子の味がして、胸が熱くなった。俺が食べたかったのはこの味だ。

「美味いな」

 父さんが涙ぐみながら言った。

「うん。母さんの味がする」

 俺は一口、一口味わうようにケーキを食べた。スポンジのしっとりと柔らかな感触。苺と桃と蜜柑の味。控えめな生クリームの甘さ。どれも幸せな味だった。

「彰、これ読んだか?」

 涙を拭っていると、父さんがコタツの上に母さんのレシピノートを置いた。そして父さんが開いたページを見ると、俺へのメッセージが書いてあった。

【彰、ケーキを作ってくれてありがとう。一緒にいられなくてごめんね。彰の幸せをどこにいても願っているからね】

 それは普段の母さんの字より下手で、最近書かれたものだった。
 あの白猫の体で書いたのかと思ったら笑みが浮かぶ。

 白猫になった母さんと過ごした時間はほんの一日だったけど、一生忘れない。母さんは最後に大切な時間を俺にくれた。そのことに感謝でいっぱいになる。

 レシピノートを見つめながら俯くと、父さんが俺の背中を優しく撫でてくれた。父さんの優しさと母さんの愛情を感じながら、俺は大切に育ててってもらったんだと思った。父さんと母さんの子どもで良かった。俺は幸せだ。<了>