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「おかえり!」

 玄関ドアを開けると、玄関マットの上に白猫が座っていた。俺を見て尻尾を激しく揺らし始める。多分、喜んでいるんだろう。

「寒かったでしょ?」

 スニーカーを脱いで、コンビニのレジ袋を持ったまま家に上がると、足元に白猫がまとわりつく。頭や体を一生懸命に俺のジーパンに擦りつける姿は本当に猫のようだ。

 誰かがこうして出迎えてくれるのは久しぶりだった。思えば母さんはいつも俺の帰りを待っていて、出迎えてくれた。そう思ったら瞼の奥が熱くなるが、息をついて感情を抑えた。母さんの前で泣いたらまた子ども扱いされる。

「玄関で待ってなくてもいいのに。猫らしくコタツに入ってろよ」
「寒い中、彰を買い物に行かせて、私だけコタツでぬくぬくしてられないわよ」

 こういう真面目な所は母さんらしい。

「コタツの電源点けたままで行ったのに」
「電源は消したから大丈夫よ」
「えー消したのかよ。点けたままの方が温かいのに」
「誰も入っていない時は消すの。もったいないでしょ」

 あー言えば、こう言う。相変わらず母さんは口うるさい。
 俺は洗面所で手を洗ってから、コタツの電源を入れ、まず白猫のご飯を用意した。

 食器棚から母さんが使っていたピンク色の茶碗を取り出し、その中にキャットフードを入れてやった。それから水を入れた皿も用意して、その二つをコタツの近くに置いた。

「ほら、ご飯だよ」
「ありがとにゃ」

 白猫が皿の前に座り、ありがたそうに左右の前脚で合掌し、「いただきます」と言ってから、食べだした。その姿に笑みが零れた。 猫が合掌する所なんて初めて見た。猫なのか、人間なのか、本当によくわからないが面白い。

 コタツに入った俺は、コンビニの袋から肉まんとサラダを取り出して、白猫と同じように手を合わせてから食事を始めた。サラダを食べながら、横でカリカリとキャットフードを噛む音が聞こえてくる。美味しいのだろうか? 人間の母さんの口に合うのだろうか? そんなことを思いながら、白猫を見ていたら、こっちを向いた金目と目が合った。

「ちゃんとサラダ食べてるじゃない。いい子にゃ」
「言われたから買ったんじゃないぞ。サラダが欲しくてコンビニに行ったんだから」

 素直じゃない俺はまた小さな嘘をつく。

「そういうことにしておくにゃ」

 またカリカリと音を立てて白猫がキャットフードを食べだす。
 食べている姿は猫だ。何だかほっこりする。

「ところでさ、なんで父さんの単身赴任についていかなかったんだよ」

 気になっていたことを口にすると、白猫がこっちを見た。

「だって彰、受験生だったじゃない。置いていけるわけないでしょ」

 白猫がニヤッと笑みを浮かべた。
 父さんよりも俺を優先してくれたのか。そう思ったら、ありがたくて、またじわりと瞼の裏が熱くなった。
 
「父さんの誕生日ケーキ、俺でも作れるかな?」

 母さんの為に今出来ることをしたくなった。

「もちろんにゃ! レシピがあるし、私もいるにゃ!」

 尻尾をぶんぶん振りながら白猫が側に来る。

「早く、早く」

 急かすように前脚でツンツン白猫が俺の腕を突く。

「肉まん食べるから待って。母さんもキャットフードがまだ残ってるだろ。ケーキ作りは食事がちゃんと終わってからだ」
「わかったにゃ。急ぐにゃ」

 白猫はさっきよりも速いスピードでキャットフードを食べ出した。そんなに急がなくてもいいと思うのだが。せっかちな母さんに少し呆れながら俺は肉まんを頬張った。