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 十一月の冷たい夜風を頬に受けながら自転車をこいでコンビニ向かう。母さんが使っていた自転車で、ペダルを漕ぐ度にきーこきーこという音が鳴る。油を挿した方がいいと何度も思ったがそのままだ。母さんが使っていた時のままで使いたいから。

 ペダルをこぎながら、街灯の明かりが少しだけ歪んだ。一人になった途端、急に感情が溢れて涙ぐんだ。
 本当は白猫の姿で母さんが帰って来てくれて嬉しかった。だけど、素直に嬉しいとは言えなかった。

 いつからだろうか。母さんに対して素直になれなくなっていた。顔を合わせるといつも文句ばかりで俺はいい息子じゃなかった。
 小学四年生の時、俺はいじめられていた事があった。それはある日突然で、昨日まで普通に話していた女子たちが俺を無視するようになった。そして、遠くから俺を見て、ひそひそと囁き合い、笑っていた。

 最初は気にしないようしていたが、それが段々苦しくなって、俺はある朝「学校に行きたくない」と本音を言った。
 母さんは驚いた様子で、「嫌な事でもあったの?」と聞いた。俺は女子に無視されたり、笑われたりするのが嫌だと正直に打ち明けた。
 話を聞いた母さんは泣いていた。そして、凄い勢いで家を出て行った。
 小学校に行って、俺の担任に直訴したらしい。

 次の日から母さんは俺と一緒に登校し、先生が教室に来るまで俺の後ろに立ち、俺を見守っていた。
 母さんに守られているのが恥ずかしかったが、その時の俺は母さんに縋るしかなかった。

 俺の知らない所で母さんは首謀者の女子の親とも話し合ったようで、俺をいじめていた女子はすっかり大人しくなった。そして次の学年に上がる時にはクラス替えで、俺をいじめた女子たちとはクラスが離れて、ほっとした。

 それ以来、母さんは『学校はどう?』と俺に頻繁に聞くようになった。それだけじゃなく、『忘れ物はない?』『ハンカチは持った?』など、確認して来た。俺が中学生になっても、高校生になってもそれは続き、煩わしかった。

 だから、母さんに反発するようになったのかもしれない。いつまで経っても母さんが俺を小四のいじめられた時の俺のままの扱いをするから。

 そこまで考えて妙に腑に落ちた。
 俺はもう大丈夫だよと言えば良かったんだ。
 苦笑が浮かび、白い息が漏れた。