幕の向こう側へ 〜 翠緑高校演劇部 〜

 痛い。

 見えなくとも見える、視線という矢という矢が身体中にザクザクと突き刺さる感覚。
 自分自身に向けられていないと分かっている。
 でも、この強い視線は隣にいる人物の影響力の凄まじさからくるものだ。
 ズレてもいないメガネのブリッジを無意味に触ってしまう。

「えっと、今日、から? 演劇部に入ることになった市瀬 夏生くん、です」

 つい数分前に決まったことをなんとか音にすれば、市瀬は半歩前に出た。

「市瀬です。これから、よろしくお願いします」

 最後に市瀬がにこりと微笑めば、歓迎の拍手がパチパチと返ってくる。
 部員みんなの表情は明るく、気分が高揚しているのがよく分かった。
 待望の人手、新入部員というのもあるけれど、なによりもこのビジュアルである。一部の、頬をそめてしまう女子たちの気持ちがわからないでもない。

 ただ複雑な気持ちもある。


ーーー数分前。


 市瀬の衝撃の一言からオレの脳内は混乱しっぱなしだった。

『にゅ、入部? えっと、体験入部とかではなくて??』

 市瀬は運動神経もよかったはず。彼のような人気者ならサッカーやバスケ、バレーなどスポーツ系が合うような気がするし、彼の様々な話題性から言えば引く手数多だろう。
 弱小、人手不足のオレたち演劇部にとってメリットが大いにあっても、市瀬がわざわざ選ぶ理由もメリットも浮かばない。
 やはり聞き間違いではないのか。という考えが捨てきれない。

『うん、入部。この学校のルールはわからないんだけど、もし体験からじゃないと入部できないなら、まずはそれからでもいいよ』
『いやっ! そ、そういうルールはないんだけど』

 待望の男手は嬉しい。
 なによりイケメンで、弱小演劇部の超戦力で大型新人であることは間違いない。

『そっ。なら、よかった。よろしくね』

 だけど、数年ぶりに会った知り合いと、うまくやっていけるのか不安だ。
 目の前でキラキラと輝く笑顔は太陽みたいで、オレにはまぶしすぎるから。



「えっと、まずは・・・」

 今日は引き続き、舞台の道具作りをする予定だったけど。
 いくらコミュ(りょく)オバケの市瀬でも、さすがに混ざ、、、れるか。
 オレの助けが必要なことなんてないーー…

「ねぇねぇ、久良木」

 考えごとにしていると、急に視界に市瀬の顔を映りこむ。

「な、なななに!?」
「なんでそんなにびっくりしてるの」
「ちょ、ちょっと考えごとしてて」
「なるほど」

 っていうか、なんか距離感近いような気がしなくもない。
 やっぱり陽キャって距離の詰め方えぐいー。

「えっと、なんか気になること、あった?」
「うん。部員のみんなを紹介してほしいかも」
「あっ、そっそうだよな!? ごめん、気がきかなくて……」
「ううん。こっちこそ、なんか入るタイミング悪かったみたいだし」

 ちらりと視線を動かした市瀬。
 それぞれ突然現れた新入部員に驚いている部分はあるものの、台本が出来上がって具体的な準備に取り掛かるタイミングはたしかに一番バタバタして見えるのかもしれない。

「あー…その」
「いやいや、うちの部っていつもこんな感じなんだよー」

 ドスっとオレの上半身にのし掛かってきたのは洋介だ。

「えっと?」
「俺、田崎 洋介。市瀬と同じ2年な。んでもって一応、役者!」
「一応?」
「そっ。見ての通り、我ら演劇部は弱小で部員も少ない。なんで大道具とか小道具、衣装とかそういうのを兼務してんだよ」

 さすがである。はじめて会った人物にも、この軽い調子で語れるなんてオレには一生ムリな芸当である。

「そうなんだね」

 もしかしたら同じ陽の属性だから合うのかもしれない。

「って、よーすけ、いつまでのってんだよっ」
「わりぃわりぃ」

 いつものように洋介の体を雑に払うと、洋介はヒジで小突き返してくる。

「……二人はクラス違うのに、とても仲が良いんだね」
「え?」
「あぁ、俺ら再建(さいけん)メンバーだからな」

 洋介が今度をがっしりとオレと肩を組む。重い。

「再建?」
「そう! こいつが廃部寸前だった演劇部を再建したんだぜ」
「へぇ、意外だ」
「だろ? 俺もこいつの情熱に動かされたっていうか」

 ふふんと鼻をこすりながら、ドヤ顔をする洋介。
 心の中で「動機の半分は違うだろ」と思ったが、いまは入部したての新入部員にキラキラとしている面のみを見てほしいので、口をつぐむ。

「ちょっと、いくら男が少ないからって男だけで盛り上がらないでくれる?」
「あ、明良さん」
「明良さん!」

 市瀬はぱちりと瞳を瞬かせて、ゆっくりオレの方へ顔を動かす。

「えっと、市瀬、この人は…」
「あらためまして、美馬(みま) 明良。2年。名字でも名前でも、みんな下の名前で呼ぶわ。役者がメインよ」

 にこりと笑った明良さんがスッと手を伸ばせば、市瀬も手を伸ばし、握手を返した。

「そして」

 そして握手を終えた明良さんは軽やかに体を引く。開けた視界の先にいた女子部員たちと目が合うと、それぞれが口を開きはじめる。

「2年。城ヶ崎(じょうがさき) 真子(まこ)です。わたしも役者メインです」
「い、五十嵐(いがらし) (らん)です。音響で、裏方です。あ、1年です」
「はいはーい! 最後は美久留(みくる)! (たちばな) 美久留、1年! 衣装担当で、本番は照明やってます〜」

 やはり明良さんはすごいな。
 オレたちからこぼれた声から察してくれたらしく、女子部員をまとめて引っ張ってくれる。

「ありがとう。よろしくね」
「どうしても兼任にはなるけど、市瀬は役者か裏方か、どうする?」
「選んでいいの?」

 洋介の言葉に市瀬が意外そうな声を出す。
 市瀬の見た目や部員紹介を聞けば「役者をやってほしい」と言われると思っていたんだろうし、正直な気持ちを言えばやってほしい。
 でも、オレは本人の気持ちを大切にしたいし、演劇部のことを苦痛に感じてほしくない。

「もちろん! 部長の方針で本人の希望を尊重してくれる優しい部だから安心して希望を言ってくれたまえ!」

 洋介が元気よく市瀬に説明する。

「へぇ。あれ、でも部長は? 今日はいないの?」

 でも、この流れ。非常によくない気がする。 
 たらりといやな汗が流れる。

「ん? 知らないのか? 市瀬の目の前にいる、燦太が部長だぞ!」

 じゃーんと声を出しながら両手を開いて、オレの部長を演出(きょうちょう)する洋介。
 やめろ。ハードルが上がるじゃないか。
 市瀬を見れば、目をパチパチと瞬かせている。
 なんとも言えない気まずさがノドからせり上がってくる。でも、しゃべらないワケにもいかない。このまま洋介にしゃべらせてしまう方がもっとハードルが上がってしまうのだから。

「その、ガラじゃないとか頼りないとか色々思うかもしんないけど…よろしく」

 みんなの視線も集まっているのもあって、ごにょごにょとした紹介になってしまった。
 あぁ、この状況から早く抜け出したい。

「まっ。本人はこんな感じに言うけど、脚本とか演劇のことになると熱くて頼れるやつだから安心していいぞ!」

 洋介にどんと背中を叩かれる。
 痛い、と思いつつもカチカチに固まった体から(ちから)が抜けた。
 洋介はバカでアホのお調子者で、気の良い人間だ。憎めないなと思う。

 オレと関わりがない人間からすれば”頼れる人間ではない”と判断されることはわかっている。オレはバカでアホで、しゃべり下手で、コミュ力もない。だから冗談でも、そう言ってもらえることは嬉しい。
 
「うん。そうだと思う」

 否定でも、戸惑いでもない、優しい声色。
 顔を上げると、市瀬が陽だまりみたいに微笑んでいた。

「久良木、あらためてよろしくね」
「よ、よろしく。市瀬」

 ただ、こんなオレを気にかけてくれて、優しくしてくれる理由がわからなくて混乱する。


「うぉし! 作るぜ〜〜!」

 新入部員が入ったことにより、一段とテンションが上がった洋介がはつらつとした声を上げる。
 今日はひとまず、それぞれ大道具と小道具の制作を進めることにした。
 役者と裏方を兼任する演劇部に時間はない。

「んでさ、市瀬は役者と裏方はどうするんだ?」
「どちらでも。どっちもやりがいがあるなって思ってて」
「それな。俺も最初はどっちもむずかしいって思ってたけど、その分、楽しさ2倍って言うか」

 簡単に今度の舞台の概要を説明しながら作業に入ったけど、洋介は気になって仕方がなかったらしく、説明が終わると同時に市瀬にぐいぐい質問している。

「わかる気がするよ。だから、今はこだわりはなくて…関われればなって思ってる」
「なら、市瀬は役者が合ってる気がするけどなー」
「そうかな?」
「おぅ! 燦太もそう思うだろう?」

 オレは2人の会話をぼんやりと聞いていただけなので、急に話しを振られてびっくりする。

「えっ、ま、まぁ…」

 なんて言えばいいのか分からなくて微妙な相槌をしてしまった。
 そんなオレはあまりにも変だったのかもしれない。市瀬は頭を少し傾けた。

「久良木。もっと近くで作業すれば?」
「へぇ!?」
「あー。市瀬すまん。燦太は人見知りするっていうか、なんというか、環境変わったりするとこんな感じですぐ部屋の隅に行きたがるところがあるんだ」

 陰キャなんだから、仕方がないだろう。
 せまくて、暗いところが安心するんだ。

「・・・猫みたい」
「!?」
「おっ! だよな!!」

 まさか、市瀬までにも猫と(しょう)されるなんて!!
 でも自分の行動を振り返ると、強く否定できない。

「それで、久良木はどう思う?」
「え?」

 どう思う? なにが??

「・・・」

 ぐるぐると考えていると、ふっと市瀬は息をこぼして笑った。

「久良木は、僕が役者と裏方、どっちだと嬉しい?」

 その話か。
 さっきの猫とか。もっとからかわれると思ってたけど。

「ん?」
「なんでも…。オレも、役者だと嬉しい、かも。けど、洋介が言ってた通り、強制するつもりないから。次回の公演、発表会までに決めてくれればいいかーー…」
「うん。僕、役者やろうと思う」
「え?」
「おっ! 超大型新人誕生じゃん!!」

 市瀬の言葉にはしゃぐ洋介。
 でもオレはそう簡単に喜べない。

「ちょ、ちょ? まっ、そんなに急いで決めなくても…」
「でも早めに決めた方が、色々勉強できて、次に生かせると思うし」
「そりゃ…そう、だけど……」

 おこがましい考えだけど、オレの気持ちも加味してくれたように思ってしまう。
 おずおずと市瀬を見れば、ふわりと笑い返してくれた。

「頑張るよ」

 市瀬は予想がつかない行動ばかりして、オレを驚かす。