「はぁー、気持ち良かった!」
出番を終え、そうステージ裏で気持ちをこぼした僕……楠木青に、昔からの幼なじみでもあり、同じバンドのキーボードを担当している小西まほが、笑顔で頷いた。
「去年も楽しかったけど、今年も最高だったね! 青は今年も覆面だったけど」
「いいじゃん。覆面でも。皆に楽しんでもらえてたんだし。僕は、まほみたいに自信ないんだよ……」
「べ、別に私だって……自信満々でキーボード弾いてるわけじゃないんだけどね?」
僕たちは、namelessというバンドを組んでいて、学園祭でのみライブをしている。
だから、今回で二回目だ。
メンバーは僕と幼なじみの小西まほ、そして元々まほと組んでいた男子ふたりの四人。
まほたちのバンドで、ボーカルが組んだすぐに辞めちゃったらしく、新しくボーカルを探していて、まほが僕を誘ってきたのだった。
(まほとは、昔からよく歌ってたんだよな……)
まほは歌もうまいから、ボーカルも兼任すればいいのに、と思ったこともあるが、まほ曰く「キーボードに集中できない!」らしい。
まぁ、それもそうか。
でも僕も、誘われてすぐにOKしたわけじゃない。
確かに歌うことは大好きだけど、何に対しても自信が持てない。
周りからは、もっと自信持てと言われるが、そう簡単に持てるものでもない。
性格もあると思うけど。
そんな中、昨年、まほとふたりの男子から提案されたのが、「覆面ボーカル」だった――。
* * *
――約一年前。
「全員が覆面だと誰が誰か分かんないけど、ボーカルだけ覆面ってちょっと珍しくない!?」
「面白そうじゃん! 青くんさえ良ければ、俺たちのバンドで、覆面でいいからボーカルやってくれない? まほから、歌の上手さは聞いてるから、是非お願いしたいんだけど」
まほとふたりの男子は、少しでも早くバンドをやりたくてうずうずしているようにも見えた。
そりゃそうだ。組んですぐボーカルが辞めちゃったんだからな。
ちょうど声をかけられたのは、学園祭の三ヶ月くらい前だった。
三人が言うには、学園祭で披露したいらしい。とりあえず、そこを目標にしてるんだとか。継続するしないはまだ未定らしく、その学園祭に本当に出られたら、その時次第で今後どうするか考えるとのこと。
(一回くらいならいっか……。覆面だったら、誰も僕だと気づかないだろうし)
自分に自信がない僕でも、「覆面ボーカル」でなら大丈夫だろうと思い、バンドに加入することを決めた。これでも一応、悩んだ上での承諾だった。
「青って、歌う時と、こうして普段話してる時の声が全然違うんだよ! そこもまた魅力的でさー」
「え、マジ!? この後、四人でカラオケでも行って歌わね? 聴いてみたい!」
「行こうぜ、行こうぜ!」
僕以外の三人が勝手に盛り上がっている中、まほが僕に、
「ね? 青も行こうよ! ってか、青がいないと話になんないし」
「えー……」
にこにこ笑いながら、僕をカラオケに誘ってくるまほは、とても楽しそうだった。
男子ふたりも、もうカラオケに行く気満々だ。
この空気感で僕がノーと言える勇気はない。
「分かったよ。でもちょっとだけでもいい?」
「うん、歌声聴けたらそれでOK! 交渉成立ー!」
「ったく、ほんと勝手なんだよな……まほはいつも」
「だって、青の返事待ってたら日が暮れちゃうもん」
僕の性格を知り尽くしてる奴の言うセリフだ。
ぐうの音も出ない。
そしてこの後、四人でカラオケに行って、少しだけ歌うと、男子ふたりに、
「まほの言ってた通りだ……。話してる時の声と全然違うんだな。俺たちのバンドに必要な声だよ!」
「青くん、まほからの誘いに承諾してくれてありがとう! マジ神!」
と言われた。
こんなこと言っちゃなんだけど、めちゃくちゃ考えて加入を決めたわけではない。
いや、多少は迷ったけど。
一回だけなら……と思い、受けただけなのに、こんなにも喜んでもらえるとは思いもしなかった。
「でも、あれだよな? 青くん、覆面ボーカルっていっても、口元のマスクとかじゃなく、目出し帽とかそういう類を考えてんの?」
……いや、それを聞きたいのはこっちなんだけど。
元々覆面ボーカルを提案してきたのは、まほだ。
きっとまほも、半ば、思い付きで言ったんだろう。
(面白いことなら何でもやりたがる性格、昔から変わってないな……)
なんて思いながらも、本当にどういう形での「覆面」をまほは考えているのだろう? と、僕の頭の中もハテナで埋まっていた。
すると、まほが、
「あははっ! 目出し帽って……泥棒じゃないんだからさー。うーん、でも……どうしよっか?」
「考えてないのかよ!」
「まほは、ほんと思い付きでモノを言うよな!?」
「何も思いつかないよりはいいでしょー!? ふたりだって、他のボーカルの人思いつかなかったじゃん! 私が青を紹介しなかったら、まだ決まってなかったよ?」
「はいはい……そうですねー」
この三人はこういう関係性なのか。
何となく分かった気がする……まほがきっと一番強い。
どうやって覆面にするかはともかく、これからこの四人でバンド活動をしていくにあたり、まほが色んな権限を握りそうだなということだけは分かった気がした。
* * *
そんなこんなで、あっという間に学園祭当日。
あれから三ヶ月の間で、なんとオリジナル曲を三曲も作った。
三人は演奏の練習、僕はその曲を歌う練習する日々が続き、今日を迎えた。
バンドは僕たち以外にも、もうひとつ出るらしい。
でもそこは既に一年くらい活動しているようで、学園内でもファンがいるとの噂だ。
(そんなとこと一緒に出るの、なんか緊張しかないんだけど……)
結局、覆面に関しては学園祭らしく、「お面」になった。
もちろん、この提案もまほだ。
多分……良さそうなものが思いつかなかったのだろう。
お面だけだと、僕だとバレる可能性があるため、軽くウィッグを着け、狐のお面をかぶる形だ。
祭り感覚が半端ないけど、一回きりだし、これはこれでアリかもしれないと思うことにした。
(僕だとバレなければそれでいい……)
* * *
そう思っていたのだけど、結局、三年になった今年も出ることになったのだ。
一回きりで終わると思っていたまほたちとのバンド。
昨年、覆面ボーカルとして出演したとき、意外と好評だったのが理由。
誰が歌ってるのかというのが、学園内で考察されてたみたいだけど、僕の名前を耳にしたことはなかった。
知っているのはバンドメンバーのみ。
(誰も僕だってことを言わずにいてくれたのは有り難い……)
正直、三年になってさすがに出演するとは思わなかったけど。受験で忙しいこの時期に。
でも、ちょっとした練習とかが息抜きにもなって、楽しかったのは事実だった。
今年もきっと、誰が歌ってるのかっていう考察が始まるんだろうけど、大丈夫……僕にはたどり着かない。
そう思っていた……のだが――。
出番を終え、そうステージ裏で気持ちをこぼした僕……楠木青に、昔からの幼なじみでもあり、同じバンドのキーボードを担当している小西まほが、笑顔で頷いた。
「去年も楽しかったけど、今年も最高だったね! 青は今年も覆面だったけど」
「いいじゃん。覆面でも。皆に楽しんでもらえてたんだし。僕は、まほみたいに自信ないんだよ……」
「べ、別に私だって……自信満々でキーボード弾いてるわけじゃないんだけどね?」
僕たちは、namelessというバンドを組んでいて、学園祭でのみライブをしている。
だから、今回で二回目だ。
メンバーは僕と幼なじみの小西まほ、そして元々まほと組んでいた男子ふたりの四人。
まほたちのバンドで、ボーカルが組んだすぐに辞めちゃったらしく、新しくボーカルを探していて、まほが僕を誘ってきたのだった。
(まほとは、昔からよく歌ってたんだよな……)
まほは歌もうまいから、ボーカルも兼任すればいいのに、と思ったこともあるが、まほ曰く「キーボードに集中できない!」らしい。
まぁ、それもそうか。
でも僕も、誘われてすぐにOKしたわけじゃない。
確かに歌うことは大好きだけど、何に対しても自信が持てない。
周りからは、もっと自信持てと言われるが、そう簡単に持てるものでもない。
性格もあると思うけど。
そんな中、昨年、まほとふたりの男子から提案されたのが、「覆面ボーカル」だった――。
* * *
――約一年前。
「全員が覆面だと誰が誰か分かんないけど、ボーカルだけ覆面ってちょっと珍しくない!?」
「面白そうじゃん! 青くんさえ良ければ、俺たちのバンドで、覆面でいいからボーカルやってくれない? まほから、歌の上手さは聞いてるから、是非お願いしたいんだけど」
まほとふたりの男子は、少しでも早くバンドをやりたくてうずうずしているようにも見えた。
そりゃそうだ。組んですぐボーカルが辞めちゃったんだからな。
ちょうど声をかけられたのは、学園祭の三ヶ月くらい前だった。
三人が言うには、学園祭で披露したいらしい。とりあえず、そこを目標にしてるんだとか。継続するしないはまだ未定らしく、その学園祭に本当に出られたら、その時次第で今後どうするか考えるとのこと。
(一回くらいならいっか……。覆面だったら、誰も僕だと気づかないだろうし)
自分に自信がない僕でも、「覆面ボーカル」でなら大丈夫だろうと思い、バンドに加入することを決めた。これでも一応、悩んだ上での承諾だった。
「青って、歌う時と、こうして普段話してる時の声が全然違うんだよ! そこもまた魅力的でさー」
「え、マジ!? この後、四人でカラオケでも行って歌わね? 聴いてみたい!」
「行こうぜ、行こうぜ!」
僕以外の三人が勝手に盛り上がっている中、まほが僕に、
「ね? 青も行こうよ! ってか、青がいないと話になんないし」
「えー……」
にこにこ笑いながら、僕をカラオケに誘ってくるまほは、とても楽しそうだった。
男子ふたりも、もうカラオケに行く気満々だ。
この空気感で僕がノーと言える勇気はない。
「分かったよ。でもちょっとだけでもいい?」
「うん、歌声聴けたらそれでOK! 交渉成立ー!」
「ったく、ほんと勝手なんだよな……まほはいつも」
「だって、青の返事待ってたら日が暮れちゃうもん」
僕の性格を知り尽くしてる奴の言うセリフだ。
ぐうの音も出ない。
そしてこの後、四人でカラオケに行って、少しだけ歌うと、男子ふたりに、
「まほの言ってた通りだ……。話してる時の声と全然違うんだな。俺たちのバンドに必要な声だよ!」
「青くん、まほからの誘いに承諾してくれてありがとう! マジ神!」
と言われた。
こんなこと言っちゃなんだけど、めちゃくちゃ考えて加入を決めたわけではない。
いや、多少は迷ったけど。
一回だけなら……と思い、受けただけなのに、こんなにも喜んでもらえるとは思いもしなかった。
「でも、あれだよな? 青くん、覆面ボーカルっていっても、口元のマスクとかじゃなく、目出し帽とかそういう類を考えてんの?」
……いや、それを聞きたいのはこっちなんだけど。
元々覆面ボーカルを提案してきたのは、まほだ。
きっとまほも、半ば、思い付きで言ったんだろう。
(面白いことなら何でもやりたがる性格、昔から変わってないな……)
なんて思いながらも、本当にどういう形での「覆面」をまほは考えているのだろう? と、僕の頭の中もハテナで埋まっていた。
すると、まほが、
「あははっ! 目出し帽って……泥棒じゃないんだからさー。うーん、でも……どうしよっか?」
「考えてないのかよ!」
「まほは、ほんと思い付きでモノを言うよな!?」
「何も思いつかないよりはいいでしょー!? ふたりだって、他のボーカルの人思いつかなかったじゃん! 私が青を紹介しなかったら、まだ決まってなかったよ?」
「はいはい……そうですねー」
この三人はこういう関係性なのか。
何となく分かった気がする……まほがきっと一番強い。
どうやって覆面にするかはともかく、これからこの四人でバンド活動をしていくにあたり、まほが色んな権限を握りそうだなということだけは分かった気がした。
* * *
そんなこんなで、あっという間に学園祭当日。
あれから三ヶ月の間で、なんとオリジナル曲を三曲も作った。
三人は演奏の練習、僕はその曲を歌う練習する日々が続き、今日を迎えた。
バンドは僕たち以外にも、もうひとつ出るらしい。
でもそこは既に一年くらい活動しているようで、学園内でもファンがいるとの噂だ。
(そんなとこと一緒に出るの、なんか緊張しかないんだけど……)
結局、覆面に関しては学園祭らしく、「お面」になった。
もちろん、この提案もまほだ。
多分……良さそうなものが思いつかなかったのだろう。
お面だけだと、僕だとバレる可能性があるため、軽くウィッグを着け、狐のお面をかぶる形だ。
祭り感覚が半端ないけど、一回きりだし、これはこれでアリかもしれないと思うことにした。
(僕だとバレなければそれでいい……)
* * *
そう思っていたのだけど、結局、三年になった今年も出ることになったのだ。
一回きりで終わると思っていたまほたちとのバンド。
昨年、覆面ボーカルとして出演したとき、意外と好評だったのが理由。
誰が歌ってるのかというのが、学園内で考察されてたみたいだけど、僕の名前を耳にしたことはなかった。
知っているのはバンドメンバーのみ。
(誰も僕だってことを言わずにいてくれたのは有り難い……)
正直、三年になってさすがに出演するとは思わなかったけど。受験で忙しいこの時期に。
でも、ちょっとした練習とかが息抜きにもなって、楽しかったのは事実だった。
今年もきっと、誰が歌ってるのかっていう考察が始まるんだろうけど、大丈夫……僕にはたどり着かない。
そう思っていた……のだが――。
