「マオリさん、僕は外に出ると周りのオーラの濃さに神経をやられてしまうんです」
「オーラって、結局黒ですよね?」
「そう、ですけど」
やると決めたら、私はやる。優柔不断なのは目的が定まっていなかったからだ。今は、芝田部長を安心させるため、そして自分の未来のためにって目的を見つけた。だから、悲しいけれど、友達がいないなら友達になれそうな人を見つけるしかない。
「あの、私のキャリーケースってどこにいったんですか? それに私の体、人間に戻してもらえないでしょうか?」
夢だと思っていたけど、ジョージの言う様にどうやらこれは夢じゃないらしい。だったら、なおさらに私にはやることがある。
ハートが仕方ないとでも言うように目を細めつつ、「にゃあおん」と一鳴きすると、視界が高くなって私は元の姿に戻っていた
「わぁ、すごい!」
キャリーケースも手に持っている。すぐにロックを外して開けると、荷物の中にお気に入りのサングラスを入れてきたことを思い出して探す。真っ黒な色味ではないけれど、多少は淀んだ色が誤魔化せるのではないかと思う。我ながら、グッドアイデアだと自信満々に取り出した。
「ほら、これかけたら世界は全部コーヒー色ですよ!」
静寂が数秒訪れた後で、ジョージとハートが同時にため息をついた。そして、無言のまま準備し出すから、私は空しくなりながらもサングラスをキャリーケースの中にそっと戻した。
アイデアは却下されたけど、一緒には行ってくれるんだと思うと、嬉しくなる。
「まぁ、今回はあくまでお客様のためということをお忘れないように」
「はい! 承知しております! ありがとうございます、ジョージ様」
「僕に様は付けないでください」
準備が整ったジョージと私は、店の入り口前に立つ。そのまま扉から出るのかと思えば、ハートが私たちの前に歩いてきて、くるりと向きを変える。
「思い出っていうのは、簡単なものじゃないの。お互いを知らない者同士で出かけたって、たかが知れている。だから、ここから先は悪いけど、マオリには夢を見させてあげる」
「夢?」
「そう。気持ちだけが旅をする。お客様に大切な部下が長期休暇を楽しんでいるってことを分かって安心していただくためのニセモノの思い出作り」
「ニセモノの、思い出?」
なんだか嫌な言い方だけど、確かにそういうことだから頷くしかない。
私が頷くのを確認すると、ハートは「にゃあおん」と鳴いた。
カフェの壁が取り払われて、風景が幾度と切り替わる。私の行きたいと考えていた場所へ瞬時に移動している。
私にとっては新しくても、もう数年経ってしまったテーマパーク。あの頃はたくさんいた友人との懐かしい思い出が詰まったレストラン。そして、映画館。最新の作品は学生の時に大好きだった小説が映画化したものだった。
私の懐かしい思い出に、ジョージは全部付き合ってくれた。だけど、やっぱりジョージにはなんの思い入れもない場所だし、一緒にいるのに私一人だけが楽しんでいる様な感覚で、申し訳なくなる。
「……すみません」
「なにがですか?」
なんでもないみたいに、ジョージは微笑んでくれる。私の気持ちを汲み取ってくれたみたいで、心がすごく軽くなった。ここにコーヒーはないのに、ジョージは私の悩みを癒してくれた気がする。
カフェに戻ってくると、スマホで写してきた写真を確認する。ジョージが写っている写真は一枚もないけれど、誰かと一緒に休暇を楽しんでいる風な写真は撮れている。
今まで、仕事以外のプライベートなことでメールを送ったことはないけど、私は心を決めて芝田部長宛てに写真を数枚添付して送信した。
返信は来なかったけれど、再び私が猫の姿に戻ると、カフェ・ハートフルに部長がまたやって来た。
「今日はどうされました?」
ジョージが優しく尋ねる。今日の芝田部長には、この前まであったモヤがない。そして、くっきりと見える顔には、笑顔があった。
「不安だったことが解消されました。また、彼女といい仕事が出来そうです。本当に、ありがとうございます」
深々頭を下げた部長の姿に、私もつられて頭を下げる。
私のことで、こんなに悩んでくれる人がいるってことが、嬉しいと思った。関わってきた時間だけ、ちゃんと見ていてくれる人はいる。だから、友達とだって関わらなかった時間を、少しずつ取り戻せばいいのかもしれない。
だって、思い出も信頼関係も簡単なことじゃない。時間をかけてゆっくり築き上げていくものなんだって、気が付いた。
私が送ってきた人生は、決して無駄じゃない。だから、焦らなくていい。
「猫だって暇じゃないの。だからね、がんばりなさい、マオリ」
ハートが姿勢よく私の前に立つ。そして、「にゃあおん」と鳴いた。
◇
気が付けば、私は流れる人並みの中で立ち止まっていた。手にはキャリーケース。もう、猫の姿ではない。
当てもなく飛び出したあの時に、戻っている。長期休暇をもらったはいいけれど、友達も、行く当てもなく途方に暮れていた私を導いてくれたのは、黒猫のハート。たどり着いたのは【心温まるカフェ・ハートフル】。あれは、夢か現実か。今となってはよく分からない。
だけど、私の行き先は決まった。ジョージとハートが一緒に巡ってくれたニセモノの思い出と同じ場所。
まずは、地元に帰ろう。
新幹線のチケットを手配していると、ポケットの中でスマホが震えた。
『きゃー! 真織久しぶり!! 元気だった!? 私今日仕事休みだよ! 地元に帰ってるなら会おうよー』
既読スルーだったマコから、メッセージの返信が返って来た。途端に、気持ちが一気に前向きになる。
私は一人じゃない。旅に出ても、行きつく目的が出来たことに嬉しくなった。
新幹線のホームでマコとメッセージのやり取りをしながら待っていると、視界の隅に黒い影が通り過ぎるのが見えた。動かす指を止めて、そちらに視線を向ける。
「今、暇?」
ぎょっとしてからすぐに首を横に振る。
ふうんと澄ました顔をして、黒猫は通り過ぎていった。メッセージの続きを送るために手元へ視線を落とすと、【心温まるカフェ・ハートフル 相談猫 マオリ】と書かれた名刺を持っていることに気が付いた。
「ハート!?」
慌てて後ろ姿のネコに視線を戻すと、「また迎えにくるからね」と声が聞こえた気がした。
誰もしゃべる黒猫に振り返ったりしない。私だけが聞こえているらしい。
え? 私、仕事増えた?
さっきまでどんよりとしていた空が、明るくなる。晴れやかな蒼さは最高にいい気分にさせてくれた。
ハートとの出会いは、私の進むべき選択を教えてくれたんだ。
ありがとう。
もう一度くらいなら、猫になるのも悪くないかもしれない。だけど今は、初めての長期休暇を思いっきり楽しんでこよう!
(了)
「オーラって、結局黒ですよね?」
「そう、ですけど」
やると決めたら、私はやる。優柔不断なのは目的が定まっていなかったからだ。今は、芝田部長を安心させるため、そして自分の未来のためにって目的を見つけた。だから、悲しいけれど、友達がいないなら友達になれそうな人を見つけるしかない。
「あの、私のキャリーケースってどこにいったんですか? それに私の体、人間に戻してもらえないでしょうか?」
夢だと思っていたけど、ジョージの言う様にどうやらこれは夢じゃないらしい。だったら、なおさらに私にはやることがある。
ハートが仕方ないとでも言うように目を細めつつ、「にゃあおん」と一鳴きすると、視界が高くなって私は元の姿に戻っていた
「わぁ、すごい!」
キャリーケースも手に持っている。すぐにロックを外して開けると、荷物の中にお気に入りのサングラスを入れてきたことを思い出して探す。真っ黒な色味ではないけれど、多少は淀んだ色が誤魔化せるのではないかと思う。我ながら、グッドアイデアだと自信満々に取り出した。
「ほら、これかけたら世界は全部コーヒー色ですよ!」
静寂が数秒訪れた後で、ジョージとハートが同時にため息をついた。そして、無言のまま準備し出すから、私は空しくなりながらもサングラスをキャリーケースの中にそっと戻した。
アイデアは却下されたけど、一緒には行ってくれるんだと思うと、嬉しくなる。
「まぁ、今回はあくまでお客様のためということをお忘れないように」
「はい! 承知しております! ありがとうございます、ジョージ様」
「僕に様は付けないでください」
準備が整ったジョージと私は、店の入り口前に立つ。そのまま扉から出るのかと思えば、ハートが私たちの前に歩いてきて、くるりと向きを変える。
「思い出っていうのは、簡単なものじゃないの。お互いを知らない者同士で出かけたって、たかが知れている。だから、ここから先は悪いけど、マオリには夢を見させてあげる」
「夢?」
「そう。気持ちだけが旅をする。お客様に大切な部下が長期休暇を楽しんでいるってことを分かって安心していただくためのニセモノの思い出作り」
「ニセモノの、思い出?」
なんだか嫌な言い方だけど、確かにそういうことだから頷くしかない。
私が頷くのを確認すると、ハートは「にゃあおん」と鳴いた。
カフェの壁が取り払われて、風景が幾度と切り替わる。私の行きたいと考えていた場所へ瞬時に移動している。
私にとっては新しくても、もう数年経ってしまったテーマパーク。あの頃はたくさんいた友人との懐かしい思い出が詰まったレストラン。そして、映画館。最新の作品は学生の時に大好きだった小説が映画化したものだった。
私の懐かしい思い出に、ジョージは全部付き合ってくれた。だけど、やっぱりジョージにはなんの思い入れもない場所だし、一緒にいるのに私一人だけが楽しんでいる様な感覚で、申し訳なくなる。
「……すみません」
「なにがですか?」
なんでもないみたいに、ジョージは微笑んでくれる。私の気持ちを汲み取ってくれたみたいで、心がすごく軽くなった。ここにコーヒーはないのに、ジョージは私の悩みを癒してくれた気がする。
カフェに戻ってくると、スマホで写してきた写真を確認する。ジョージが写っている写真は一枚もないけれど、誰かと一緒に休暇を楽しんでいる風な写真は撮れている。
今まで、仕事以外のプライベートなことでメールを送ったことはないけど、私は心を決めて芝田部長宛てに写真を数枚添付して送信した。
返信は来なかったけれど、再び私が猫の姿に戻ると、カフェ・ハートフルに部長がまたやって来た。
「今日はどうされました?」
ジョージが優しく尋ねる。今日の芝田部長には、この前まであったモヤがない。そして、くっきりと見える顔には、笑顔があった。
「不安だったことが解消されました。また、彼女といい仕事が出来そうです。本当に、ありがとうございます」
深々頭を下げた部長の姿に、私もつられて頭を下げる。
私のことで、こんなに悩んでくれる人がいるってことが、嬉しいと思った。関わってきた時間だけ、ちゃんと見ていてくれる人はいる。だから、友達とだって関わらなかった時間を、少しずつ取り戻せばいいのかもしれない。
だって、思い出も信頼関係も簡単なことじゃない。時間をかけてゆっくり築き上げていくものなんだって、気が付いた。
私が送ってきた人生は、決して無駄じゃない。だから、焦らなくていい。
「猫だって暇じゃないの。だからね、がんばりなさい、マオリ」
ハートが姿勢よく私の前に立つ。そして、「にゃあおん」と鳴いた。
◇
気が付けば、私は流れる人並みの中で立ち止まっていた。手にはキャリーケース。もう、猫の姿ではない。
当てもなく飛び出したあの時に、戻っている。長期休暇をもらったはいいけれど、友達も、行く当てもなく途方に暮れていた私を導いてくれたのは、黒猫のハート。たどり着いたのは【心温まるカフェ・ハートフル】。あれは、夢か現実か。今となってはよく分からない。
だけど、私の行き先は決まった。ジョージとハートが一緒に巡ってくれたニセモノの思い出と同じ場所。
まずは、地元に帰ろう。
新幹線のチケットを手配していると、ポケットの中でスマホが震えた。
『きゃー! 真織久しぶり!! 元気だった!? 私今日仕事休みだよ! 地元に帰ってるなら会おうよー』
既読スルーだったマコから、メッセージの返信が返って来た。途端に、気持ちが一気に前向きになる。
私は一人じゃない。旅に出ても、行きつく目的が出来たことに嬉しくなった。
新幹線のホームでマコとメッセージのやり取りをしながら待っていると、視界の隅に黒い影が通り過ぎるのが見えた。動かす指を止めて、そちらに視線を向ける。
「今、暇?」
ぎょっとしてからすぐに首を横に振る。
ふうんと澄ました顔をして、黒猫は通り過ぎていった。メッセージの続きを送るために手元へ視線を落とすと、【心温まるカフェ・ハートフル 相談猫 マオリ】と書かれた名刺を持っていることに気が付いた。
「ハート!?」
慌てて後ろ姿のネコに視線を戻すと、「また迎えにくるからね」と声が聞こえた気がした。
誰もしゃべる黒猫に振り返ったりしない。私だけが聞こえているらしい。
え? 私、仕事増えた?
さっきまでどんよりとしていた空が、明るくなる。晴れやかな蒼さは最高にいい気分にさせてくれた。
ハートとの出会いは、私の進むべき選択を教えてくれたんだ。
ありがとう。
もう一度くらいなら、猫になるのも悪くないかもしれない。だけど今は、初めての長期休暇を思いっきり楽しんでこよう!
(了)



