三屋(みつや)くんは、耳心地のいい声で、

斎藤(さいとう)先輩、可愛いですね。あ……」

 片手で口を覆った。三屋くんの発言に、僕は固まってしまった。さっき思ったことは、現実?

「あの……」

 言いかけて、口籠る三屋くん。顔が赤く見える。そんなことって、本当にあるんだろうか。

「オレ、なんて失礼なこと言っちゃったんだろう。先輩に向かって……」
「三屋くん。僕って、可愛いのかな? そんなこと言われたの、初めてで。あれ? 僕、何言ってるんだろう?」

 僕の顔も、絶対に赤いって自信がある。こんな自信より、違う自信が……。いや。もう、何考えてるんだか。

「あ、それより僕、何注文するか決めなきゃ」

 そう言って、メニュー表に目を落とした。変なドキドキのせいで、逆に簡単に決めることが出来た。僕は三屋くんを見て、

「決まったよ」
「あ、はい。じゃあ、店員さん呼びます」

 三屋くんが手を上げると、店員さんがすぐに来て注文を取ってくれた。僕はチョコレートケーキ。三屋くんはチーズケーキ。それと、コーヒーを二杯頼んだ。お冷やを一口飲んでから僕は、

「チーズケーキが好きなんだ?」
「はい。先輩はチョコレートケーキが好きなんですか?」
「そう。好きなんだ」

 好きなんだ、と言葉にして、急に恥ずかしいような気持ちになった。僕は三屋くんを好き? 意識してるのは、僕の方?

 自分の気持ちがわからない。混乱しているのをごまかそうと、お冷やをどんどん飲んでしまう。

「先輩。のど、渇いてましたか? すみません。お冷やのおかわりください」
「あ、いいよ。大丈夫だから」
「ダメです。水分は大事です」

 店員は、僕たちに微笑むと、水をたっぷり注いでくれた。去り際に、フフッと笑われた気がしたけれど、勘違いだといいな、と思った。

 しばらくして運ばれてきたケーキとコーヒー。想像していたよりも大きくて、一瞬怯んだ。三屋くんが声を殺して笑っている。

「だって、思っていたよりも大きくって、びっくりしちゃって。でも、食べるよ。いただきます」
「ここのケーキは、こんなサイズ感なんです。先輩が驚くところが見たくて。いや。何でもありません」

 何でもなくないし。僕が驚くのを見たいって、それはどういう心境なんだろう。僕は返答に困って、黙々とケーキを食べた。三屋くんが、また笑っている。

「三屋くん」
「先輩。ケーキ、おいしいですか?」
「おいしいよ」
「口に合ってよかったです」

 笑顔で言った。あんなに硬い表情だった人が、こんなに笑ったりするなんて想像していなかった。いつもこんなふうなら、人が寄ってきそうなのに。

「三屋くん。いつも笑ってるといいと思うよ」
「それは無理です。オレは、無愛想がウリなんです」

 そんなウリって……。

「中学時代に嫌なことが山ほどあって、それでオレはこんな奴になったんです」
「大変だったんだね」
「そうです。嫌なことばっかりでした。今は先輩とこうしてられるので、楽しいです」
「楽しいんだ? それならよかった」

 山ほど嫌なことがあったって、どんな中学時代だったのか想像も出来ない。訊いてみたいような、訊いてはいけないような。

「今は本当に楽しいんです。新たにやりたいことも見つけられたし。オレ、アルトホルン、頑張ります」

 宣言して、コーヒーをグッと飲む三屋くんに、僕は拍手を贈った。

「僕も頑張ります。きっと、すぐに追い越されると思うけど、頑張るよ」
「先輩を追い越すのは無理です。でも、オレなりに頑張ろうと思います」

 僕を抜かすのなんか簡単だよ、と言おうとして、やめた。僕はケーキを切って口に入れた。しつこくない、ちょうどいい甘さ。こんなに大きくても、全然いける。ついつい笑顔になってしまう。おいしい物って偉大だ。

 お皿が空になり、コーヒーも飲み終えた。すっかり満足して、僕は三屋くんに、「ありがとう」と言った。

「何に『ありがとう』ですか? オレ、感謝されるようなこと、してないですけど」
「こんなおいしいケーキが食べられたんだから。三屋くんのおかげだよ。だから、ありがとう。よかったら、また一緒に来ようよ」

 僕、三屋くんを誘ってる? いつもオドオドしている僕が、どうしたというんだろう。最近、僕はおかしい。そんな気がする。

 三屋くんは、驚いたように目を見開くと、

「いいんですか? 本気にしますよ?」

 僕の言葉に食いついてきた。