翌日の放課後、音楽室へ行くと、三屋くんが部長さんと話していた。
「本当に入部してくれるの?」
「はい。二言はありません」
真剣な三屋くんは、やっぱりちょっと怖く見える。
「それじゃ、入部を認めるよ。辞めないでね」
部長さんが、冗談ぽく言うと、三屋くんは真顔のまま頷いた。僕は急いで彼らのそばまで行くと、
「部長さん。当然、アルトホルンですよね? もう、マウスピースを買いに行く約束をしたんです。いいですよね?」
いつになく積極的な僕に、部長さんは戸惑っているようだ。
「斎藤先輩。アルトホルンに決まってます。そうですよね、部長」
「そうだね。問題ないと思う」
「ありがとうございます」
さすが運動部だっただけあって、機敏な動きで礼をした。カッコいい。そう思った瞬間、昨日の誤解を思い出し、恥ずかしさがよみがえってきた。すると、部長さんが首を傾げながら、
「あれ? 斎藤、顔が赤いぞ」
「そ……そんなこと……」
「いや。赤いから。熱か? 無理しないで、部活休んだらどうだ?」
「違います。恥ずかしくって……」
「ん? 何が恥ずかしいって?」
「何でもないです」
僕は無理矢理話を終わらせて、机にカバンを置いた。心臓が速く打っている。昨日から、僕はちょっと変だ。
楽器の準備をしていると、三屋くんがそばに来た。興味深そうに楽器を見ている。こうやっていると、何か可愛いって思えるのに、普段はあんな感じとはもったいない。見た目で損をするタイプかな。イケメンさんだけどね。近付き難い雰囲気。それが災いすることもありそうだ。
「マウスピースがない間はね、こうやって手を握って口に当てる。で、唇の周りに力を入れて、強く息を吐き出す。やってみて。これで、唇の訓練にはなるはず」
「やってみます」
初めてのはずなのに、上手に出来ている。羨ましいくらいに勘のいい人だ。
「そうそう。そうやって感覚をつかむんだよ。きっと、すぐに楽器を鳴らせるようになるね」
言われてすぐに理解して出来てしまう人。僕のように、何度言われても上手くいかない人。いろいろだな、と思う。でも、僕は僕なんだから仕方ない。上手く吹けるように努力するしかない。
心の中でそんな決意をしていると、三屋くんが僕を覗き込むように見てきた。胸がドキッとしたのは何故だろう。
「先輩。大丈夫ですか?」
「大丈夫? うん。大丈夫だよ。あの……君を見ていて、僕も頑張ろうって思ってただけ」
「オレも頑張ります」
バスケ部ではきっと、訓練ばかりの日々だったろう。真剣な顔で、僕の教えたことを繰り返しやっている。何だか嬉しい。
そうしている内に、戸川くんと西田くんが話しながら音楽室に入ってきた。二人は三屋くんを見ると、同時に首を傾げた。僕があわてて説明すると、戸川くんは何度も頷き、
「あ、なるほどね。斎藤、なかなかやるな」
戸川くんに褒められた? こんな日が来るなんて、思いもしなかった。西田くんも共感してくれているようで、頷いている。
「そういえば、昨日電車で……。いや、ごめん。何でもない」
西田くんは、そこまで言うと、目を伏せた。昨日、電車で? 聞かれてしまっていたということだろうか? 僕が勘違いしてしまったのを見ていた?
「昨日……西田くん、あの車両にいたんですか? 全然気付かなかった」
「声、掛けづらくて。何か……二人で楽しそうだったから。でも、あの発言を聞いてすぐに隣の車両に言ったよ。聞いちゃいけないと思ってさ」
「違うんだ。あれは……」
僕が説明しようとしたら、三屋くんが西田くんをギッと睨むように見た。睨んでないとは思うけど、なかなかの迫力だ。西田くんが、一歩下がってしまった。確かに、そうしたくなるのもわかる。
「西田先輩。あれは、オレの言葉足らずで、変な意味じゃなかったんです。信じてください。ただ、マウスピースを買いに行くの、付き合ってくださいと言ったんです」
「あ……そういうことだったんだ。ほら、三屋があんまり思い詰めたような顔してたから、てっきり……」
そこで口を閉じた。三屋くんは深く頷き、
「誤解されても仕方ないことを言いました。反省してます」
「いやいや、反省っていうか、その……」
西田くんが困っているのを見て、僕は助け舟を出すことにした。
「三屋くんは、言葉足らずでご両親にも注意されているらしいです。だから、ここは反省しなきゃなんです。三屋くん。主語とか、ちゃんと言ってね。僕、人と話すスキルが低いから、昨日みたいに簡単に誤解しちゃうんだ。頼むね?」
「わかりました」
気合の入った返答に、僕はつい笑ってしまった。それを見ていた三屋くんが、昨日の別れ際みたいになってしまった。また、何かしてしまったんだろうか。わからない。
「三屋くん?」
「何でもないです」
昨日と同じ答え。僕はただ戸惑うばかりだった。
「本当に入部してくれるの?」
「はい。二言はありません」
真剣な三屋くんは、やっぱりちょっと怖く見える。
「それじゃ、入部を認めるよ。辞めないでね」
部長さんが、冗談ぽく言うと、三屋くんは真顔のまま頷いた。僕は急いで彼らのそばまで行くと、
「部長さん。当然、アルトホルンですよね? もう、マウスピースを買いに行く約束をしたんです。いいですよね?」
いつになく積極的な僕に、部長さんは戸惑っているようだ。
「斎藤先輩。アルトホルンに決まってます。そうですよね、部長」
「そうだね。問題ないと思う」
「ありがとうございます」
さすが運動部だっただけあって、機敏な動きで礼をした。カッコいい。そう思った瞬間、昨日の誤解を思い出し、恥ずかしさがよみがえってきた。すると、部長さんが首を傾げながら、
「あれ? 斎藤、顔が赤いぞ」
「そ……そんなこと……」
「いや。赤いから。熱か? 無理しないで、部活休んだらどうだ?」
「違います。恥ずかしくって……」
「ん? 何が恥ずかしいって?」
「何でもないです」
僕は無理矢理話を終わらせて、机にカバンを置いた。心臓が速く打っている。昨日から、僕はちょっと変だ。
楽器の準備をしていると、三屋くんがそばに来た。興味深そうに楽器を見ている。こうやっていると、何か可愛いって思えるのに、普段はあんな感じとはもったいない。見た目で損をするタイプかな。イケメンさんだけどね。近付き難い雰囲気。それが災いすることもありそうだ。
「マウスピースがない間はね、こうやって手を握って口に当てる。で、唇の周りに力を入れて、強く息を吐き出す。やってみて。これで、唇の訓練にはなるはず」
「やってみます」
初めてのはずなのに、上手に出来ている。羨ましいくらいに勘のいい人だ。
「そうそう。そうやって感覚をつかむんだよ。きっと、すぐに楽器を鳴らせるようになるね」
言われてすぐに理解して出来てしまう人。僕のように、何度言われても上手くいかない人。いろいろだな、と思う。でも、僕は僕なんだから仕方ない。上手く吹けるように努力するしかない。
心の中でそんな決意をしていると、三屋くんが僕を覗き込むように見てきた。胸がドキッとしたのは何故だろう。
「先輩。大丈夫ですか?」
「大丈夫? うん。大丈夫だよ。あの……君を見ていて、僕も頑張ろうって思ってただけ」
「オレも頑張ります」
バスケ部ではきっと、訓練ばかりの日々だったろう。真剣な顔で、僕の教えたことを繰り返しやっている。何だか嬉しい。
そうしている内に、戸川くんと西田くんが話しながら音楽室に入ってきた。二人は三屋くんを見ると、同時に首を傾げた。僕があわてて説明すると、戸川くんは何度も頷き、
「あ、なるほどね。斎藤、なかなかやるな」
戸川くんに褒められた? こんな日が来るなんて、思いもしなかった。西田くんも共感してくれているようで、頷いている。
「そういえば、昨日電車で……。いや、ごめん。何でもない」
西田くんは、そこまで言うと、目を伏せた。昨日、電車で? 聞かれてしまっていたということだろうか? 僕が勘違いしてしまったのを見ていた?
「昨日……西田くん、あの車両にいたんですか? 全然気付かなかった」
「声、掛けづらくて。何か……二人で楽しそうだったから。でも、あの発言を聞いてすぐに隣の車両に言ったよ。聞いちゃいけないと思ってさ」
「違うんだ。あれは……」
僕が説明しようとしたら、三屋くんが西田くんをギッと睨むように見た。睨んでないとは思うけど、なかなかの迫力だ。西田くんが、一歩下がってしまった。確かに、そうしたくなるのもわかる。
「西田先輩。あれは、オレの言葉足らずで、変な意味じゃなかったんです。信じてください。ただ、マウスピースを買いに行くの、付き合ってくださいと言ったんです」
「あ……そういうことだったんだ。ほら、三屋があんまり思い詰めたような顔してたから、てっきり……」
そこで口を閉じた。三屋くんは深く頷き、
「誤解されても仕方ないことを言いました。反省してます」
「いやいや、反省っていうか、その……」
西田くんが困っているのを見て、僕は助け舟を出すことにした。
「三屋くんは、言葉足らずでご両親にも注意されているらしいです。だから、ここは反省しなきゃなんです。三屋くん。主語とか、ちゃんと言ってね。僕、人と話すスキルが低いから、昨日みたいに簡単に誤解しちゃうんだ。頼むね?」
「わかりました」
気合の入った返答に、僕はつい笑ってしまった。それを見ていた三屋くんが、昨日の別れ際みたいになってしまった。また、何かしてしまったんだろうか。わからない。
「三屋くん?」
「何でもないです」
昨日と同じ答え。僕はただ戸惑うばかりだった。

