部活を終えて一人で駅までの道を歩いていると、何故か三屋くんのことが頭に浮かんできた。
強い目つき。睨まれたかと思うような鋭いものだったけれど、あれは真剣だったからなんだろう。わかるけど、正直なところ、ちょっと……だいぶ、おっかなかった。
でも、きっと僕も一年前は、あんな熱量を持った顔をして先輩たちの演奏を見ていたんだろうな。あんなふうになりたい。そう思っていたはずなのに。結果は残念としか言いようがないけれど。
落ち込みながら改札口を入っていくと、腕時計に目をやっている長身な男子がいた。三屋くんだった。僕は彼に近付いていくと、
「み……三屋くん」
思い切って声を掛けた。三屋くんは、僕の方にゆっくりと顔を向けた。相変わらずの無表情だ。
「あ……斎藤先輩」
「先輩ってやめてくれるといいんだけどな」
そう呼ばれる度に、すごく恥ずかしくなる。たぶん、一生かけても恥ずかしいままだという自信がある。そんなどうでもいい自信より、別の自信を持ちたいけれど、そうはいかない。
僕の訴えに三屋くんは首を傾げ、
「いや……だって、先輩ですからね。まさか、斎藤くんと呼ぶわけにはいきませんし」
「そっちの方がいいけど……」
「ダメです。先輩は先輩です。オレはこれからも、斎藤先輩と呼びます」
宣言されて、それ以上は言えなくなってしまった。それにしても、見た目はちょっと近付き難い雰囲気なのに、こんなに話してくれるなんて意外な感じがする。僕は普段あんまり人と話したりしないから、こうやって構ってもらえることが、単純に嬉しい。僕、可哀想な人かな? まあいいか、と思い直す。
僕は三屋くんを見上げると、
「ねえ、三屋くん。身長、どれくらいなのかな。すごく高いよね?」
音楽室で会ってから、ずっと気になっていたことを質問してしまった。三屋くんは、「えーっと……」と少し考えるように斜め上を見たが、
「去年測った時は、192センチでした」
「高いとは思ったけど……そうなんだね。運動してたりするの?」
何だか普通に話が出来ている。普段、自分から人に対してこんなに話し掛けたりしないのに、今日の僕はテンションが高い。
「運動……してたんですけど……」
そこまで言うと、三屋くんは目を伏せ言葉を飲み込んでしまった。運動に関する、何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。僕はあわてて、
「ごめんなさい。答えなくていいです。本当に、答えなくていいです。ごめんなさい」
「いえ。先輩が謝ることはないです。バスケ部に所属してたんですけど、ケガをして辞めなきゃいけなくなって……それで……」
「え? ケガ? 今は大丈夫なの?」
どこをケガして、運動を辞めたんだろう? 辞めるくらいだから、相当なケガだったんだろうけど。
三屋くんは頷いたけれど、その割にはスッキリしない顔をしていた。
「大丈夫なんですけど。ケガよりも問題だったのは、オレがケンカでケガをしたということです。相手が吹っかけてきたんですけど。それで、引退目前に退部しなければならなくなりました。運動部は、もういいです。今オレは、アルトホルンを吹けるようになりたいです。頑張ります」
きっぱりとした口調でそう言った。好きことをやめるのは辛かっただろうな、と思う。だからこの表情なのか、と納得した。僕は頷き、
「そうだね。一緒に頑張ろうね」
笑顔で言うと、三屋くんも黙って頷いた。その時、下り電車が来るアナウンスがあった。僕は三屋くんを見上げながら、
「えっと、三屋くんは、どっち?」
ここは単線で、上りと下りの電車が交互に来る。僕は下りだけれど、三屋くんはどっちだろう? ここでお別れは、残念だな。そんなことを考えていると、
「オレは下りです」
低い声でぼそっと言った。僕は、「え? 本当?」と、はしゃいだように言ってしまった。
「僕も下りなんだ。じゃあ、途中まで一緒だね。って言うか、どこ?」
「オレは終点まで行きます。斎藤先輩は?」
「僕は、終点の二つ前の駅で降りるんだ。そこから歩いて十五分」
何でそんな情報を、ほぼ初対面のこの人に話しているのか、本当に不思議だ。
それからすぐに、下りの電車が入ってきた。僕たちは頷き合い、電車に乗り込んだ。いつもなら、もっと混んでいるのに、今日は比較的空いていた。空いているシートに二人並んで座った。さすがに緊張して、体に力が入ってしまった。
強い目つき。睨まれたかと思うような鋭いものだったけれど、あれは真剣だったからなんだろう。わかるけど、正直なところ、ちょっと……だいぶ、おっかなかった。
でも、きっと僕も一年前は、あんな熱量を持った顔をして先輩たちの演奏を見ていたんだろうな。あんなふうになりたい。そう思っていたはずなのに。結果は残念としか言いようがないけれど。
落ち込みながら改札口を入っていくと、腕時計に目をやっている長身な男子がいた。三屋くんだった。僕は彼に近付いていくと、
「み……三屋くん」
思い切って声を掛けた。三屋くんは、僕の方にゆっくりと顔を向けた。相変わらずの無表情だ。
「あ……斎藤先輩」
「先輩ってやめてくれるといいんだけどな」
そう呼ばれる度に、すごく恥ずかしくなる。たぶん、一生かけても恥ずかしいままだという自信がある。そんなどうでもいい自信より、別の自信を持ちたいけれど、そうはいかない。
僕の訴えに三屋くんは首を傾げ、
「いや……だって、先輩ですからね。まさか、斎藤くんと呼ぶわけにはいきませんし」
「そっちの方がいいけど……」
「ダメです。先輩は先輩です。オレはこれからも、斎藤先輩と呼びます」
宣言されて、それ以上は言えなくなってしまった。それにしても、見た目はちょっと近付き難い雰囲気なのに、こんなに話してくれるなんて意外な感じがする。僕は普段あんまり人と話したりしないから、こうやって構ってもらえることが、単純に嬉しい。僕、可哀想な人かな? まあいいか、と思い直す。
僕は三屋くんを見上げると、
「ねえ、三屋くん。身長、どれくらいなのかな。すごく高いよね?」
音楽室で会ってから、ずっと気になっていたことを質問してしまった。三屋くんは、「えーっと……」と少し考えるように斜め上を見たが、
「去年測った時は、192センチでした」
「高いとは思ったけど……そうなんだね。運動してたりするの?」
何だか普通に話が出来ている。普段、自分から人に対してこんなに話し掛けたりしないのに、今日の僕はテンションが高い。
「運動……してたんですけど……」
そこまで言うと、三屋くんは目を伏せ言葉を飲み込んでしまった。運動に関する、何か嫌な思い出でもあるのかもしれない。僕はあわてて、
「ごめんなさい。答えなくていいです。本当に、答えなくていいです。ごめんなさい」
「いえ。先輩が謝ることはないです。バスケ部に所属してたんですけど、ケガをして辞めなきゃいけなくなって……それで……」
「え? ケガ? 今は大丈夫なの?」
どこをケガして、運動を辞めたんだろう? 辞めるくらいだから、相当なケガだったんだろうけど。
三屋くんは頷いたけれど、その割にはスッキリしない顔をしていた。
「大丈夫なんですけど。ケガよりも問題だったのは、オレがケンカでケガをしたということです。相手が吹っかけてきたんですけど。それで、引退目前に退部しなければならなくなりました。運動部は、もういいです。今オレは、アルトホルンを吹けるようになりたいです。頑張ります」
きっぱりとした口調でそう言った。好きことをやめるのは辛かっただろうな、と思う。だからこの表情なのか、と納得した。僕は頷き、
「そうだね。一緒に頑張ろうね」
笑顔で言うと、三屋くんも黙って頷いた。その時、下り電車が来るアナウンスがあった。僕は三屋くんを見上げながら、
「えっと、三屋くんは、どっち?」
ここは単線で、上りと下りの電車が交互に来る。僕は下りだけれど、三屋くんはどっちだろう? ここでお別れは、残念だな。そんなことを考えていると、
「オレは下りです」
低い声でぼそっと言った。僕は、「え? 本当?」と、はしゃいだように言ってしまった。
「僕も下りなんだ。じゃあ、途中まで一緒だね。って言うか、どこ?」
「オレは終点まで行きます。斎藤先輩は?」
「僕は、終点の二つ前の駅で降りるんだ。そこから歩いて十五分」
何でそんな情報を、ほぼ初対面のこの人に話しているのか、本当に不思議だ。
それからすぐに、下りの電車が入ってきた。僕たちは頷き合い、電車に乗り込んだ。いつもなら、もっと混んでいるのに、今日は比較的空いていた。空いているシートに二人並んで座った。さすがに緊張して、体に力が入ってしまった。

