三屋くんは僕に一歩近付くと、僕の手を握った。そうされて僕は、体がビクッとしてしまった。
「好きです。入学式でブラバンの演奏を聴いた時からです。斎藤先輩が可愛すぎて、最初から最後までずーっと見詰めてました。ブラバンはカッコよかったけど、入部しようと思ったのも、先輩と同じ楽器をやりたいと思ったのも、先輩を好きになってしまったからです。不純な動機ですみません。でも、今はアルトホルンに興味が湧いてるし、少しでも上手く吹けるようになりたいと思っています。もう一度言います。斎藤先輩、好きです」
告白されて、僕はポーッとなってしまった。顔が熱い。きっと、赤くなってしまっている。
「斎藤先輩。オレは、悪漢から先輩を守りたいです。そばにいたいです」
熱っぽく語る三屋くんの肩を、宮田くんがドンと突いた。
「ふざけんな、三屋。オレの方が先に斎藤を好きになったんだぞ。去年、ブラバンで会って以来なんだからな。引っ込んでろよ」
「そんなの関係ないです。オレは、宮田先輩から斎藤先輩を守ります。さっき言った悪漢、宮田先輩のことですからね」
僕を抜きにして、二人で言い合いしている。二人に訊きたい。何で僕? 僕は、自分で言うのも残念だけど、別に美少年でもないし、はっきりしないし、アルトホルンだって下手くそだし、いいとこないけど?
「宮田先輩。もういなくなってください」
「オレのセリフだ。三屋がどっか行けよ」
「先輩が……」
「三屋が……」
いつまでも続きそうな二人の言い合い。僕は思い切って、声を張る。
「あのー!」
二人が黙った。僕を凝視する目。緊張してしまうけど、言うことを言わないと絶対に収まらない。僕は息を大きく吸って、
「僕を無視して話を進めるのはやめてください。だって、僕のことでしょう? 本当に二人とも僕を好きでいてくれてるんですか? 僕は、好きな人には大事にされたいです。こんな、僕を無視する人たちは知りません。じゃ、さよなら」
冷たく言ってやると、二人は顔を見合わせていた。僕は、笑いそうになるのを堪えて、背中を向けて歩き出した。よくもこんなことが言えたものだ。僕らしくない。でも、楽しい。
言いたいことを全部飲み込んできた今日までの僕、さよなら。僕は、自分に正直に生きることにするよ。
歌でも歌いたいくらい、心が軽くなっていた。何だ。これでよかったんじゃないか、と思う。
校門まで来た時、後ろから名前を呼ばれたけれど、足を止めなかった。が、すぐに追いついてきて、僕の肩を叩いた。ゆっくり振り向くと、僕のすぐそばに三屋くん。その横に宮田くんが立っていた。
「何でしょう?」
わざと他人行儀な感じで言ってやると、二人は頭を下げてきた。今度は何?
「ごめん」
宮田くん、謝っちゃった? 「謝らねー」って言ってたのに。
「斎藤先輩。すみません」
三屋くんも謝罪してきた。それにしても、何でこんなことになってるんだろう。不思議なこともあるものだ。
今日までの日々、僕は誰かから告白されたりしたことはなかった。男女問わず、モテたことなんかなかった。それなのに、本当にどうしたことだろう。まず、そこからわからない。それは置いといて……。
自分の気持ちを考えてみる。僕は、この二人のことをどう思っているんだろう。目を閉じ、深呼吸を繰り返す。二人も僕の邪魔はせずに黙ってくれている。考えるな。感じろ。正直な気持ち。それは?
僕は目を開いて、二人に微笑んだ。二人の顔は、緊張なのか、強張っているように見えた。ま、三屋くんはだいたいそんな顔な気もするけれど。僕はもう一度深呼吸をすると、「言います」と宣言した。
「僕は……僕は三屋くんが好きです。三屋くんが可愛くて、ドキドキしちゃうんだ。同性だし、何だろうこの気持ちって思ってたけど、わかった。僕は三屋くんが好きだよ」
項垂れる宮田くんと、ガッツポーズをする三屋くん。対象的な二人を僕は見詰めた。人生で一度くらいモテ期があってもバチは当たらないよね?
僕は三屋くんに微笑むと、
「付き合ってください。あ、これは、恋人になってください、の意味だよ? この前の君の言葉とは違うからね」
「違わないです。この前も、先輩への気持ちが溢れて、うっかりあんな言い方をしてしまったんです。あれは、本当にその意味だったんです」
「あ。本当に?」
「そうです。考えてたら、うっかり言葉にしてしまったんです。あの時言うつもりではなかったのに、です。今、リベンジ出来て、しかも気持ちを受け容れてもらえて、最高です。優先輩。好きです」
「名前……呼び?」
いきなりそんな呼ばれ方をされたら、照れてしまう。でも……嬉しすぎる。僕も名前で呼び返した方がいいのかな?
迷ったのは一瞬だった。僕は意を決して、
「しゅ……峻」
緊張した。心臓が速く打って、息苦しい。三屋くんが、見る見る笑顔になる。ああ。やっぱりこの人、可愛い。僕は三屋くんの右手を握ると、
「峻。これから、よろしくね」
僕がそう言うと、三屋くんは僕をギュッと抱き締めて、
「優先輩。大好きです」
「僕もね、峻が大好きだよ」
校門付近で何をしてるんだろう。そう思わなくもなかったが、そんなことはどうでもいい。
「勝手にしろよ。じゃあな」
肩を落としたままの宮田くんが先に歩き出した。僕たちは微笑み合うと体を離し、硬く手を握り合った。大きくて温かい三屋くんの手に握られて僕は、これからの人生、いいことしかないと確信していた。
(完)
「好きです。入学式でブラバンの演奏を聴いた時からです。斎藤先輩が可愛すぎて、最初から最後までずーっと見詰めてました。ブラバンはカッコよかったけど、入部しようと思ったのも、先輩と同じ楽器をやりたいと思ったのも、先輩を好きになってしまったからです。不純な動機ですみません。でも、今はアルトホルンに興味が湧いてるし、少しでも上手く吹けるようになりたいと思っています。もう一度言います。斎藤先輩、好きです」
告白されて、僕はポーッとなってしまった。顔が熱い。きっと、赤くなってしまっている。
「斎藤先輩。オレは、悪漢から先輩を守りたいです。そばにいたいです」
熱っぽく語る三屋くんの肩を、宮田くんがドンと突いた。
「ふざけんな、三屋。オレの方が先に斎藤を好きになったんだぞ。去年、ブラバンで会って以来なんだからな。引っ込んでろよ」
「そんなの関係ないです。オレは、宮田先輩から斎藤先輩を守ります。さっき言った悪漢、宮田先輩のことですからね」
僕を抜きにして、二人で言い合いしている。二人に訊きたい。何で僕? 僕は、自分で言うのも残念だけど、別に美少年でもないし、はっきりしないし、アルトホルンだって下手くそだし、いいとこないけど?
「宮田先輩。もういなくなってください」
「オレのセリフだ。三屋がどっか行けよ」
「先輩が……」
「三屋が……」
いつまでも続きそうな二人の言い合い。僕は思い切って、声を張る。
「あのー!」
二人が黙った。僕を凝視する目。緊張してしまうけど、言うことを言わないと絶対に収まらない。僕は息を大きく吸って、
「僕を無視して話を進めるのはやめてください。だって、僕のことでしょう? 本当に二人とも僕を好きでいてくれてるんですか? 僕は、好きな人には大事にされたいです。こんな、僕を無視する人たちは知りません。じゃ、さよなら」
冷たく言ってやると、二人は顔を見合わせていた。僕は、笑いそうになるのを堪えて、背中を向けて歩き出した。よくもこんなことが言えたものだ。僕らしくない。でも、楽しい。
言いたいことを全部飲み込んできた今日までの僕、さよなら。僕は、自分に正直に生きることにするよ。
歌でも歌いたいくらい、心が軽くなっていた。何だ。これでよかったんじゃないか、と思う。
校門まで来た時、後ろから名前を呼ばれたけれど、足を止めなかった。が、すぐに追いついてきて、僕の肩を叩いた。ゆっくり振り向くと、僕のすぐそばに三屋くん。その横に宮田くんが立っていた。
「何でしょう?」
わざと他人行儀な感じで言ってやると、二人は頭を下げてきた。今度は何?
「ごめん」
宮田くん、謝っちゃった? 「謝らねー」って言ってたのに。
「斎藤先輩。すみません」
三屋くんも謝罪してきた。それにしても、何でこんなことになってるんだろう。不思議なこともあるものだ。
今日までの日々、僕は誰かから告白されたりしたことはなかった。男女問わず、モテたことなんかなかった。それなのに、本当にどうしたことだろう。まず、そこからわからない。それは置いといて……。
自分の気持ちを考えてみる。僕は、この二人のことをどう思っているんだろう。目を閉じ、深呼吸を繰り返す。二人も僕の邪魔はせずに黙ってくれている。考えるな。感じろ。正直な気持ち。それは?
僕は目を開いて、二人に微笑んだ。二人の顔は、緊張なのか、強張っているように見えた。ま、三屋くんはだいたいそんな顔な気もするけれど。僕はもう一度深呼吸をすると、「言います」と宣言した。
「僕は……僕は三屋くんが好きです。三屋くんが可愛くて、ドキドキしちゃうんだ。同性だし、何だろうこの気持ちって思ってたけど、わかった。僕は三屋くんが好きだよ」
項垂れる宮田くんと、ガッツポーズをする三屋くん。対象的な二人を僕は見詰めた。人生で一度くらいモテ期があってもバチは当たらないよね?
僕は三屋くんに微笑むと、
「付き合ってください。あ、これは、恋人になってください、の意味だよ? この前の君の言葉とは違うからね」
「違わないです。この前も、先輩への気持ちが溢れて、うっかりあんな言い方をしてしまったんです。あれは、本当にその意味だったんです」
「あ。本当に?」
「そうです。考えてたら、うっかり言葉にしてしまったんです。あの時言うつもりではなかったのに、です。今、リベンジ出来て、しかも気持ちを受け容れてもらえて、最高です。優先輩。好きです」
「名前……呼び?」
いきなりそんな呼ばれ方をされたら、照れてしまう。でも……嬉しすぎる。僕も名前で呼び返した方がいいのかな?
迷ったのは一瞬だった。僕は意を決して、
「しゅ……峻」
緊張した。心臓が速く打って、息苦しい。三屋くんが、見る見る笑顔になる。ああ。やっぱりこの人、可愛い。僕は三屋くんの右手を握ると、
「峻。これから、よろしくね」
僕がそう言うと、三屋くんは僕をギュッと抱き締めて、
「優先輩。大好きです」
「僕もね、峻が大好きだよ」
校門付近で何をしてるんだろう。そう思わなくもなかったが、そんなことはどうでもいい。
「勝手にしろよ。じゃあな」
肩を落としたままの宮田くんが先に歩き出した。僕たちは微笑み合うと体を離し、硬く手を握り合った。大きくて温かい三屋くんの手に握られて僕は、これからの人生、いいことしかないと確信していた。
(完)

