とうとう僕も二年生だ。後輩が出来るなんて、何だか不思議な気持ちだ。部室になっている音楽室のドアを開けると、もう何人か来ていた。僕に気が付くと、ニヤッとしたが、それは歓迎の気持ちではないと知っている。
「斎藤って、鈍くさいよな。リズムにも乗れてないし。テンポもずれるし。やりにくいんだよな」
聞こえるように嫌味を言われて、へこんだこともあるけど、もう慣れた。
徐々に人が集まってきて、それぞれが楽器を鳴らし始めた。ブラスバンド部に入部して、一年。僕みたいに成長しない奴は、他にいない。みんな、カッコよく演奏している。
僕が担当しているのは、アルトホルンだ。これが、結構大変だ。マウスピースを鳴らせるようになるまでにも、かなり時間が掛かったし、そうなると当然、楽器を吹き始めるまでにも時間が掛かった。それで、先輩たちからも同学年からも距離を置かれた感じがする。
みんなで合わせて演奏するわけだから、一人が足を引っ張ると、それが全員に迷惑をかけることになる。よくわかる。だから、ブラバンを辞めようと思ったのは、一度や二度じゃない。僕なりに責任を感じてはいたから。でも、辞められなかった。
もちろん、引き留められた訳じゃない。自分が辞められなかっただけだ。音楽を諦めたくないと思ったし、この楽器をもう少し上手く吹けるようになりたいって思ったから。
相変わらず下手くそで、リズムもテンポもあやしい時がある。それでも、始めたばかりの時よりずっとマシになったと思っている。
新入生の入学から一週間が過ぎて、今日から仮入部が出来るようになる。この時期にいろんなクラブに参加してみて、合いそうなところに本入部することになる。
「へー。十人か」
部長さんが、腰に両手を当てながら感心したように言った。彼はコルネットを担当していて、クラブの盛り上げ役だ。僕をバカにしたりもしない、いい人だ。
「斎藤。君にも後輩が出来るね。頑張れ」
部長さんがニカッと笑って、僕の背中をポンと叩いた。僕は部長さんを見上げながら、「はい」と小さく言う。自分が先輩になるとか、いまだに信じられない。でも、現にそこに新入生がズラリと立っている。現実なんだと認めるしかない。
「皆さん、初めまして。部長の渡部です。一人でも多くの人が、入部してくれることを願っています。今日は、まず僕たちの演奏を聴いてもらって、その後好きな楽器のところに行って、楽器に触れてみてもらいたいと思います。それじゃ、座ってください」
一年生は、部長さんの言うままに椅子に座った。それを確認してから、僕たちはそれぞれの場所に移動した。一気に緊張が高まってくる。
部長さんたちのコルネットが鳴り響くところから曲は始まる。徐々に楽器が加わっていき、テンポも速くなり盛り上がっていく。この曲自体は好きだけれど、僕はどうしてもついていけない。いない方がいいかも、と思うことはあるけれど、その気持ちに負けずに今日まできた。
演奏が終わると、一年生たちから大きな拍手をもらった。僕がもらったわけではないと知っていても、気分はいい。
「それでは、さっき言っていた通り、これから好きな楽器のところへ行ってください。どうぞ」
部長さんがそう言うと、一年生たちが移動し始めた。その動きを見ながら、きっとこの楽器のところに来る人はいないんだろうな、と思った。隣に立つ同学年で同じ楽器をやっている二人は、僕にチラッと視線を向けると、遠慮がちに溜息を吐いた。
──おまえのせいで誰も来ないんだよって思ってるのかな。
僕は目を伏せて、小さく息を吐き出した。
その時、僕たちの前に人の立った気配がした。顔を上げてみると、ものすごく背の高い一年生がそこにいた。思わず仰け反って彼を見上げてしまった。
──この人、いったい何センチなんだろう?
そんなことを考えてしまうくらいには身長が高かった。隣の二人も見上げていて、驚いたように目を見開いていた。気持ちはすごくわかる。
彼は僕たち三人に頭を深々と下げた後、
「三屋峻です。よろしくお願いします」
その無表情な一年生に、僕たちは、「お願いします」と口々に言ったのだった。
「斎藤って、鈍くさいよな。リズムにも乗れてないし。テンポもずれるし。やりにくいんだよな」
聞こえるように嫌味を言われて、へこんだこともあるけど、もう慣れた。
徐々に人が集まってきて、それぞれが楽器を鳴らし始めた。ブラスバンド部に入部して、一年。僕みたいに成長しない奴は、他にいない。みんな、カッコよく演奏している。
僕が担当しているのは、アルトホルンだ。これが、結構大変だ。マウスピースを鳴らせるようになるまでにも、かなり時間が掛かったし、そうなると当然、楽器を吹き始めるまでにも時間が掛かった。それで、先輩たちからも同学年からも距離を置かれた感じがする。
みんなで合わせて演奏するわけだから、一人が足を引っ張ると、それが全員に迷惑をかけることになる。よくわかる。だから、ブラバンを辞めようと思ったのは、一度や二度じゃない。僕なりに責任を感じてはいたから。でも、辞められなかった。
もちろん、引き留められた訳じゃない。自分が辞められなかっただけだ。音楽を諦めたくないと思ったし、この楽器をもう少し上手く吹けるようになりたいって思ったから。
相変わらず下手くそで、リズムもテンポもあやしい時がある。それでも、始めたばかりの時よりずっとマシになったと思っている。
新入生の入学から一週間が過ぎて、今日から仮入部が出来るようになる。この時期にいろんなクラブに参加してみて、合いそうなところに本入部することになる。
「へー。十人か」
部長さんが、腰に両手を当てながら感心したように言った。彼はコルネットを担当していて、クラブの盛り上げ役だ。僕をバカにしたりもしない、いい人だ。
「斎藤。君にも後輩が出来るね。頑張れ」
部長さんがニカッと笑って、僕の背中をポンと叩いた。僕は部長さんを見上げながら、「はい」と小さく言う。自分が先輩になるとか、いまだに信じられない。でも、現にそこに新入生がズラリと立っている。現実なんだと認めるしかない。
「皆さん、初めまして。部長の渡部です。一人でも多くの人が、入部してくれることを願っています。今日は、まず僕たちの演奏を聴いてもらって、その後好きな楽器のところに行って、楽器に触れてみてもらいたいと思います。それじゃ、座ってください」
一年生は、部長さんの言うままに椅子に座った。それを確認してから、僕たちはそれぞれの場所に移動した。一気に緊張が高まってくる。
部長さんたちのコルネットが鳴り響くところから曲は始まる。徐々に楽器が加わっていき、テンポも速くなり盛り上がっていく。この曲自体は好きだけれど、僕はどうしてもついていけない。いない方がいいかも、と思うことはあるけれど、その気持ちに負けずに今日まできた。
演奏が終わると、一年生たちから大きな拍手をもらった。僕がもらったわけではないと知っていても、気分はいい。
「それでは、さっき言っていた通り、これから好きな楽器のところへ行ってください。どうぞ」
部長さんがそう言うと、一年生たちが移動し始めた。その動きを見ながら、きっとこの楽器のところに来る人はいないんだろうな、と思った。隣に立つ同学年で同じ楽器をやっている二人は、僕にチラッと視線を向けると、遠慮がちに溜息を吐いた。
──おまえのせいで誰も来ないんだよって思ってるのかな。
僕は目を伏せて、小さく息を吐き出した。
その時、僕たちの前に人の立った気配がした。顔を上げてみると、ものすごく背の高い一年生がそこにいた。思わず仰け反って彼を見上げてしまった。
──この人、いったい何センチなんだろう?
そんなことを考えてしまうくらいには身長が高かった。隣の二人も見上げていて、驚いたように目を見開いていた。気持ちはすごくわかる。
彼は僕たち三人に頭を深々と下げた後、
「三屋峻です。よろしくお願いします」
その無表情な一年生に、僕たちは、「お願いします」と口々に言ったのだった。

