三日が過ぎても、三毛猫は戻ってこなかった。

朝、窓を開けて外を見る。
階段の踊り場を確認する。
買い物から帰るたびに、部屋の中をそっと探す。
けれど、どこにもいない。

「どこに行ったんだろう。」

声は静かな部屋で小さく反響した。
誰にも届かない、薄い声だった。

棚の奥には、昨日買ったままの猫缶が置かれている。
開ける理由のなくなった缶が、そこに沈んでいた。

――

四日目の朝。
身体が重く、布団から起き上がれなかった。

天井のひびを見つめていると、過去の記憶がじわりと浮かび上がってきた。
助けを求められなかった日々。
泣き声を押し殺し、迷惑をかけまいと無理を続けたあの頃。

本当はただ、助けてほしかっただけなのに。

――

昼過ぎ、ようやく起き上がり、窓の外を見る。
曇り空がどこまでも続いていた。

三毛猫のことを思う。
どこにいるのか。
無事でいるのか。
お腹は空いていないのか。

「……助けられなかった。」

胸の奥を鋭く刺す痛みが走る。
三毛猫と、あの頃の自分が重なった。

――

夕方。
コンビニに向かう途中、わたしは踊り場で立ち止まった。
初めて三毛猫と出会った場所。

長い影が伸びている。
けれど、その中には誰の気配もなかった。

「もう……会えないのかな。」

声にした瞬間、涙が溢れた。
止めようとしても止まらなかった。

職場で作り続けた笑顔。
弱音を飲み込んだ夜。
限界に気づかないふりをした自分。

「助けてほしかった……。」

泣き声は小さく震え、階段の影に吸い込まれていった。
しゃがみ込んで顔を覆う。
誰にも見えない場所で、ようやく泣くことができた。

どれほど泣いたのか分からない。
涙が止まるころ、胸の奥が少しだけ軽くなっていた。

夕暮れの光が踊り場を照らし、影をやわらかく染めていた。

「……泣いていいんだね。」

つぶやきは風にほどけて消えた。

――

夜。
布団の足元が冷たかった。
昨日まであった温もりはどこにもない。

「おやすみ。」

静かな部屋に向かってそっと言う。
自分の呼吸だけがゆっくりと響いた。

過去の自分を責めるのではなく、ただ抱きしめるように。
わたしは目を閉じた。