「満さん」
「……な、なに……」
後ろから優しく囁かれる俺の名前。
反射的にびくん、と肩が跳ねる。
返事は小さく震えてしまう。
「これ……俺の部屋に飾ってもいいですか?」
「は、なんで俺に許可が……?」
なぜ俺に許しをもらう必要があるのかわからなかった。
「俺、満さんのことがずっと憧れだったんです。自分の好きなものを好きでいる勇気をくれた。そして、人を守れるくらいの強さが羨ましかった」
「……」
胸がぎゅっと締めつけられた。
ずるい。そんな言い方……。
俺は俺自身を認められなかった。
なんの取り柄もない平凡でつまらない人間だと思い込んでいたから。
でも、そんなことを言われたら……。
「……そんな大したことしてねぇよ」
「俺にとってはだいぶ大きなことです」
創が一歩近づいてくる。
距離が縮まる。耳元に息が触れそうで、逃げたくなる。
だけど──逃げられなかった。
「先輩。俺……もっと知りたいです。過去のあなたも、今のあなたも、これからのあなたも」
その言葉が、俺の脳内に大きく響いてクラクラしてくる。
「は、創……近い……」
どうすればいいのか、わからない。
「近づきたいです。もっと、あなたに。……ダメですか?」
イケメン転校生の裏の顔だろ、こんなの。
文化系ひかえめ男子と見せかけた猛獣だ。
騙されるなよ、女子。
と言いたくなってくる。
「……勝手にしろ……」
つい、そんな言葉が漏れてしまった。
俺の声は震えていたけど、創は嬉しそうに微笑んでいる声がした。
「はい。勝手にします」
その面を確認したくて振り向いた瞬間、創は俺をぎゅっと強く抱きしめた。
「満さん、ありがとうございます」
その言葉が、どの時の俺に対しての感謝なのかわからない。
でも、ひねくれた俺の心を解いてじんわりと温めてくれる。
俺は自分から創の腕から離れることができなかった。
──思い出せないままでいい。
創がこんなに俺を想ってくれている理由が、確かにあって、そして今に繋がっているんだから。
夕陽の残る美術室。
止まっていた時間は、静かに動き出す。
もう逃げる理由なんか、どこにもない。
