ただ、君に笑っていてほしかった。~30日の奇跡と、空白の19日の秘密~

『ただいま、満月(みつき)……』
 満月(みつき)に、その声は届かない。
 そりゃそうだ。
 俺のことが視えるのは、声が聴けるのは、雪宮(ゆきみや)だけだから。
『……大丈夫か?』
 俺なんかに心配されても、嫌なだけかもな。
 そう思いながら、リビングのソファで寝ている満月(みつき)に近寄る。
 パジャマのまま、目を閉じている。
「……兄ちゃん。戻って来いよ」
 まさか、俺が視えたのかと思ったが、寝ている。
 寝言のようだ。
「……兄ちゃんの欲しいもの買ってやるから」
 満月(みつき)の頬を、一筋の涙が伝う。
「だから、いなくなるなよ……」
『……満月(みつき)……?』
「俺は、ほんとは、兄ちゃんのこと……」
 その言葉を言い終わる前に、目を覚ます。
 本当は、なんなんだよ……。
「……水飲も」
 起き上がって、キッチンに向かう満月(みつき)。
 少しフラフラしていて、倒れてしまいそうに見える。
『満月(みつき)……』
 ……と、突然、俺の体が光り始めた。
 突然のことすぎて、固まってしまう。
「――え?」
 ペットボトルが落ちる音がした。
「……兄、ちゃん?」
「満月(みつき)……?」
 視えている?
 満月(みつき)に、俺が……?
「兄ちゃん!」
 満月(みつき)がへたり込む。
 力が抜けてしまったようだ。
「満月(みつき)……」
 ペットボトルを拾う。
 物に、触れた……。
「ごめん……。ごめんな、兄ちゃん。俺……。兄ちゃんが死んでから気付いた。二人の前では、昔みたいに振舞ってるけどさ。寂しくて……。兄ちゃんがいない生活が。兄ちゃんに愚痴きいてもらいながらの買い物とか、兄ちゃんがつくる唐揚げとか。もう……」
「満月(みつき)……」
「ほんとに、ごめん。……許されないと思うけど……」
 泣きじゃくる満月(みつき)を抱きしめる。
 俺に酷いことをしてきたのは事実だ。
 変わることはない。
 ……でも、俺にとって、たった一人の、大切な弟であることも、変わらない。
「あれ……。兄ちゃん?」
 満月(みつき)が泣き止む頃には、もう俺は視えなくなっていた。
 体からの光も消えた。
「……夢?」
 満月(みつき)は立ち上がって、ペットボトルを冷蔵庫にしまいに行く。
『夢じゃないよ、満月(みつき)』
 姿は視えない。
 声も聴こえない。
 ……でも、満月(みつき)は、俺の方を振り向いて、驚いた顔をした。
 確かに目が合った。
 そんな気がした。
『……さよなら、満月(みつき)。……もう、ここには来ないよ』