小走りで教室を出て、いつもの教室に入ってドアを閉めた。殴り合いの喧嘩勃発を切り抜けた感覚に、ふぅ〜〜っと大きな息をついてしまう。
 大人しくついてきていた桂を見上げ、僕は眉を下げた。

「助けてくれて、ありがと……。ごめんな? めんどくさいことに巻き込んじゃって」
「いや悪いのはあいつらだし。肌見られなかったか?」
「うん」

 こうなってしまっては、かつて桂にバレたときの投稿も消しておいてよかったと思う。腕のホクロの位置とかで特定されたらたまったものじゃない。
 今日のは……なんだろ? 日曜に上げた写真は、いつもと変わりない投稿だったと思うんだけど。

「日曜のやつ……話題になってたもんなー……」
「え。そうなの?」

 アプリの通知を切っているので、自分から見に行かなければ反応にも気づけない。前まで家にいるときなどは常時反応を監視していたけれど、今はそんなこともなくなっている。
 僕は確認のためにスマホでアプリを開こうとして、やっぱりやめた。元々学校では見ないようにしているし、桂の前で自分の写真を見るのは……ちょっと。
 ていうか桂、知ってるってことはフォロワーだったんだな。

「あれ? じゃあ長野もフォロワーだったってことか?」

 鍵アカにしてから、フォロワーじゃないと投稿は見れないのでわざわざ申請したか、前からフォロワーだったってことだ。しかも最近は申請もスルーしている。

「はあ……純那、自覚が甘いけど昨日の写真はまじエロい。変な男に捕まらないように気をつけろよ?」
「エロい……?」

 女の子が胸や太ももを見せてるわけでもなく、チラッと薄くて白い腹しか出していない写真のなにがエロいのかわからない。ま、露出しない選択肢はないんだけど……ただの制服写真になっちゃうし。

 昨日投稿した写真は光の加減がいい感じに撮れて、エモい写真になったとは思う。もしかして今って、エモいのがエロい時代……?
 僕が首を傾げると、桂はキッと目尻を吊り上げた。

「もー無自覚すぎ! バレたら危ないだろ!」
「桂がそれ言うんだ……」
「俺はいーの」
「なんかずるい」

(俺はいーの、って……かわいいなおい! 確かに桂にならなんでも許しちゃいそう)

 バレないようにって、一体どうすればいいのだろう。細身の男子なんてたくさんいるし、みんなどうやって気づいたのか教えてほしいくらいだ。
 とにかく、もう少し毅然とした受け答えができれば、あんな風に強引に迫られることもなかったかもしれない。でも……できるかなぁ。

 僕は存在感が薄く声も小さくて、毅然とした雰囲気からはかけ離れている。脅されたり謝られたり最初に色々ありすぎて、桂とだけは普通に話せているけど。一方的に話されるとどうしても萎縮してしまうのだ。

 とにかく、また訊かれたら「知らない」で押し通そう。脳内で毅然とした態度をシミュレーションしていると、急に桂が叫んで僕の腕を持ち上げた。

「あ! 肌赤くなってんじゃん!」
「ん? ……ああ、掴まれたとこか。別にこんなの、すぐ治るって」

 山梨に掴まれたところが、赤く指の痕になっている。僕は肌が白いからか、昔からすぐに赤くなったり痣になったりするのだ。でも、すぐに治るのは本当。

 そう説明しても、桂は「くそ~」と悔しそうに顔を顰めている。半袖から覗く腕には力が入っているのに、僕の腕に触れる手は優しい。壊れ物に触れるみたいに、親指でそっと赤い場所を撫でられる。

「やっぱあいつ殴っておけばよかった!」
「…………」

 殴っちゃ駄目でしょって突っ込みを入れる場面なのに、僕は何も言えなかった。手や顔にどんどん熱が上ってくるのを感じ、いかにそれを誤魔化せるか必死に考えていたからだ。

 父親の間抜けづらを思い出そうとしても、昨晩食べたメニューを思い出そうとしても、冷静にはなれなかった。意識は桂に触れられている一部分にばかり向かっている。
 ただ、腕を持たれているだけなのに……嬉しくて恥ずかしくて、心臓がぎゅうって痛くなる。

 数日前、衝動的に抱きついた自分はやはりおかしくなっていたに違いない。まだ好きだって自覚していなかったのもあるけど、熱に浮かされて正常な判断ができなくなっていたのだ。

「あれ、純那どうした? どっか痛い!?」
「違……」

 結局顔を覗き込んできた桂に、赤いことを指摘されたときだった。ピンポンパンポーン、と校内放送の案内が流れてきて口を閉じた。

『森苑桂くん、森苑桂くん、今すぐ職員室まで来てください』
「「…………」」