「純那、そこで使う公式こっちじゃね?」
「あ、ほんとだ……」
昼休み、雨が降っていたので空き教室で桂と会っていた。昔はもっと生徒がいたというが、少子化とやらでこの学校には多目的室が複数あるのだ。
季節はもう夏になっていて、昼飯を食べたあと僕はなぜか桂に勉強を教えられている。
おかしいよな? こいつ、年下なんだけど。
慌てて午後の授業に向けてやり残しの宿題をやっていると、教科書をパラパラ見た桂が公式の間違いを指摘してくる。こんなことはもう何度もあって、同じ高校なのに頭の出来の違いを見せつけられてばかりだ。
「つーか、言えばすぐ直せるんだから純那は勉強できないんじゃなくてしてないだけだろ?」
「んー、どうかな……」
確かに、僕には勉強に対するやる気とか熱意みたいなものが欠けている。がんばったって、やりたいこともないし……
ちょっとだけ、人と勉強するのは楽しいかもしれないと今は思ってるけど。まあこれは一方的に見てもらってるだけか。
「なぁ、K大行きなよ。俺もそこの予定だし」
「えー……言っただろ? この前の模試C判定だったって」
この時期になっても、僕は志望校を決めかねている。桂のおかげで成績が伸びてきているからだ。
親は放任主義だし担任もゆるゆるなためなんとか許されているが、もう志望校に合った二次試験対策を始めていないとまずい。
「次の模試でB判定まで上げたら弁当作ってきてやる」
「三廻部純那、やらせていただきます!」
即座にチャッと敬礼のポーズを取る。……結局、桂に乗せられて次の模試も頑張ることになってしまった。
なんと桂は自分で弁当を作ってきていて、コンビニ飯で昼を済ませる僕にも先日弁当を作ってきてくれたのだ。なんで? と思ったけど普通に美味しくて、僕はまんまと胃袋を掴まれてしまった。まじで良妻すぎんか……?
そのとき桂に毎日弁当を作ろうかと提案され、それなら金を払うと僕が言い、金はいらないと言われ……ひと悶着あった。結果として「たまに」で落ち着いたのだが、僕は桂の手のひらの上でごろごろ転がされている気がしている。
「なんか今日、寒くない?」
夏休みが近づいてきて、エアコンの稼働していない多目的室は暑いはずだけれど。雨だから冷えているのかもしれない。
僕が「うー」と項垂れながら問題を解いていると、「わっ」と正面から声が聞こえた。
「ボタン……上まで閉めろよ。てか風邪でも引いたんじゃね? 顔色悪い気がするし……別に今日寒くねーもん」
「ええ? じゃあ桂が留めて」
「ぐ」
桂には弟や妹が三人もいるらしい。父親は単身赴任中で、母親は一番下の赤ん坊にかかりきり。
長男である桂が家事やチビたちの世話を手伝っているのだそうだ。これで勉強も完璧なんだから、僕は割と本気で尊敬している。
なんだか気づけば僕も桂のお兄ちゃん感に甘えるのが楽しくなってきて、こうしてたまにふざけているのだ。一人っ子だからお兄ちゃんには憧れがある。
桂は眉間に皺を寄せ、僕の鎖骨あたりを睨みつけるようにしてボタンを留めている。なんだその表情と思うが、どうせジーナのことを考えているのだろう。
鍵アカにした当初は「どうして急に?」とたくさん質問が来ていたけれど、一人一人に説明したらみんな納得してくれた。もちろん桂に脅されたからとは言わずに、心境の変化と伝えたのは処世術だ。
心境は確かに変わっていて、最近新規フォローの申請はほとんど見に行っていないし写真の投稿も減っている。あまりSNSを見ていなくても、桂と毎日会って話すから日々の満足感があるのだ。こんなことを認めるのは癪だが、僕は寂しさを拗らせていたのかもしれない。
きっかけは変だったけど、桂のことは今や学年を越えた貴重な友人だと思っている。ジーナの話は桂と全くしていない。結局あの日偶然見ただけで、フォロワーでもない説が濃厚だ。
しかしながら、僕は写真を投稿するときに緊張するようになってしまった。(桂が見るかも……)と考えるだけで写真の編集が延々と終わらなかったり、投稿ボタンをタップするのに変な汗をかいたり。
いやだって、そうだよな? 知り合いに見られたら完全アウトの裏アカを知られているのだ。
なんで桂は普通にしていられるのだろう。ジーナの中身が僕だと知って、がっかりしなかったのか?
聞いてみたいけど、「うん」と言われるのが怖くて聞けない。
寒気に鳥肌の立つ腕を擦っていると、ボタンを留め終えた手が僕の額に向かってきた。目元にかかる髪を避けてぴた、と手が当てられる。
「わっ」
「おい、熱あるじゃねーか! 純那、帰るぞ!」
「えっ……え??」
突然の接触に驚いていると、桂によって机の上を片付けられた。熱い手で腕を引っぱられ、立ち上がったものの足元が覚束なくてふらりとよろめいてしまう。
(あ、まじで体調悪いのかもしんない)
「あ、ほんとだ……」
昼休み、雨が降っていたので空き教室で桂と会っていた。昔はもっと生徒がいたというが、少子化とやらでこの学校には多目的室が複数あるのだ。
季節はもう夏になっていて、昼飯を食べたあと僕はなぜか桂に勉強を教えられている。
おかしいよな? こいつ、年下なんだけど。
慌てて午後の授業に向けてやり残しの宿題をやっていると、教科書をパラパラ見た桂が公式の間違いを指摘してくる。こんなことはもう何度もあって、同じ高校なのに頭の出来の違いを見せつけられてばかりだ。
「つーか、言えばすぐ直せるんだから純那は勉強できないんじゃなくてしてないだけだろ?」
「んー、どうかな……」
確かに、僕には勉強に対するやる気とか熱意みたいなものが欠けている。がんばったって、やりたいこともないし……
ちょっとだけ、人と勉強するのは楽しいかもしれないと今は思ってるけど。まあこれは一方的に見てもらってるだけか。
「なぁ、K大行きなよ。俺もそこの予定だし」
「えー……言っただろ? この前の模試C判定だったって」
この時期になっても、僕は志望校を決めかねている。桂のおかげで成績が伸びてきているからだ。
親は放任主義だし担任もゆるゆるなためなんとか許されているが、もう志望校に合った二次試験対策を始めていないとまずい。
「次の模試でB判定まで上げたら弁当作ってきてやる」
「三廻部純那、やらせていただきます!」
即座にチャッと敬礼のポーズを取る。……結局、桂に乗せられて次の模試も頑張ることになってしまった。
なんと桂は自分で弁当を作ってきていて、コンビニ飯で昼を済ませる僕にも先日弁当を作ってきてくれたのだ。なんで? と思ったけど普通に美味しくて、僕はまんまと胃袋を掴まれてしまった。まじで良妻すぎんか……?
そのとき桂に毎日弁当を作ろうかと提案され、それなら金を払うと僕が言い、金はいらないと言われ……ひと悶着あった。結果として「たまに」で落ち着いたのだが、僕は桂の手のひらの上でごろごろ転がされている気がしている。
「なんか今日、寒くない?」
夏休みが近づいてきて、エアコンの稼働していない多目的室は暑いはずだけれど。雨だから冷えているのかもしれない。
僕が「うー」と項垂れながら問題を解いていると、「わっ」と正面から声が聞こえた。
「ボタン……上まで閉めろよ。てか風邪でも引いたんじゃね? 顔色悪い気がするし……別に今日寒くねーもん」
「ええ? じゃあ桂が留めて」
「ぐ」
桂には弟や妹が三人もいるらしい。父親は単身赴任中で、母親は一番下の赤ん坊にかかりきり。
長男である桂が家事やチビたちの世話を手伝っているのだそうだ。これで勉強も完璧なんだから、僕は割と本気で尊敬している。
なんだか気づけば僕も桂のお兄ちゃん感に甘えるのが楽しくなってきて、こうしてたまにふざけているのだ。一人っ子だからお兄ちゃんには憧れがある。
桂は眉間に皺を寄せ、僕の鎖骨あたりを睨みつけるようにしてボタンを留めている。なんだその表情と思うが、どうせジーナのことを考えているのだろう。
鍵アカにした当初は「どうして急に?」とたくさん質問が来ていたけれど、一人一人に説明したらみんな納得してくれた。もちろん桂に脅されたからとは言わずに、心境の変化と伝えたのは処世術だ。
心境は確かに変わっていて、最近新規フォローの申請はほとんど見に行っていないし写真の投稿も減っている。あまりSNSを見ていなくても、桂と毎日会って話すから日々の満足感があるのだ。こんなことを認めるのは癪だが、僕は寂しさを拗らせていたのかもしれない。
きっかけは変だったけど、桂のことは今や学年を越えた貴重な友人だと思っている。ジーナの話は桂と全くしていない。結局あの日偶然見ただけで、フォロワーでもない説が濃厚だ。
しかしながら、僕は写真を投稿するときに緊張するようになってしまった。(桂が見るかも……)と考えるだけで写真の編集が延々と終わらなかったり、投稿ボタンをタップするのに変な汗をかいたり。
いやだって、そうだよな? 知り合いに見られたら完全アウトの裏アカを知られているのだ。
なんで桂は普通にしていられるのだろう。ジーナの中身が僕だと知って、がっかりしなかったのか?
聞いてみたいけど、「うん」と言われるのが怖くて聞けない。
寒気に鳥肌の立つ腕を擦っていると、ボタンを留め終えた手が僕の額に向かってきた。目元にかかる髪を避けてぴた、と手が当てられる。
「わっ」
「おい、熱あるじゃねーか! 純那、帰るぞ!」
「えっ……え??」
突然の接触に驚いていると、桂によって机の上を片付けられた。熱い手で腕を引っぱられ、立ち上がったものの足元が覚束なくてふらりとよろめいてしまう。
(あ、まじで体調悪いのかもしんない)


