翌日の昼、びくびくしながら外の非常階段へ行くと本当に森苑がいた。下の方でも人の気配があって、非常階段は意外に人気のスポットらしい。
昨日の森苑が怖かったので、鞄を抱えた僕はおそるおそる近づいた。
強がってみたり怖がってみたり、我ながら情緒不安定だ。でも、デカい金髪ヤンキーに弱みを握られてビビるなという方が無理だろう。
「……も、森苑」
「ッジーナ、ごめん!」
おいその名前で呼ぶな! と思わず突っ込みを入れようとした僕は、目の前の金色が床に擦りつけられたのを見て硬直した。
え……なにが起きてる? なんで森苑は土下座してんの? ……僕が土下座するんじゃなくて???
「なになになに? やめて!」
「俺は、ジーナを、傷ものにしてしまった……! この責任は取る。掃除洗濯炊事はできるから煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
「は……はああっ?」
意味が分からない。目を見開いてポカンとしてしまった僕は怖さも忘れ、森苑の肩を掴んで起こした。
土下座されるのって、心臓に悪いんだね……知りたくなかった。
聞けば話は単純で、今朝僕が投稿した写真を見て自分のつけた傷に気づき、衝撃を受けたらしい。森苑、お前も拡大して見るタイプだったのか。
そこからなぜ責任を取るという方向に思考が行くのかは謎すぎるが。責任を取って嫁に貰ってやるとかいう昔の考えか? いや、家事はお前がするんかい。
「こんなの傷のうちに入んないって。痕になるようなもんでもないし」
「でも、当てつけみたいに投稿したんじゃ……」
「わ、悪かったよ。そんなつもりは全くなかった」
くしゃりと泣きそうな顔で見上げてくるから、なぜか僕が謝っている。森苑に対する怖さゲージは急降下し、もはやゼロに近い。
ずっと立って見下ろしているのも嫌だから腰を下ろすと、両肩に手が置かれ森苑の美形顔が迫ってきた。
「許してくれる……?」
「ジーナって呼ばないならな」
「じゃあ、純那……?」
名前知ってたのかとか呼び捨てかよとか色々思ったけれど、面倒くさくなって頷いておく。「俺のことも桂って呼んでほしい」と言われたのでそれにも頷き、僕は昼飯を食べだした。
こんなことをしてたら昼休みが終わってしまう。
森苑、もとい桂はやけに距離感の近いやつだ。でも、先輩と言われても僕に先輩感がないためこっちの方がいいかもしれない。
なぜか頬を赤らめている桂を無視してもぐもぐおにぎりを食べていると、シャツのことを訊かれた。
「持ってきたけど、なんでだ? ……あ」
「え、点数低っ」
「べ、別にいいだろ!」
片手で鞄からシャツを引っぱり出すと、午前の授業で帰ってきたテストが一緒に出てしまった。赤点ぎりぎりのやつを見てつい、という感じで桂に突っ込まれたものだから居たたまれなくなる。
めちゃくちゃ偏見だけど桂こそ赤点を取りそうなのに、聞いてみれば常に学年三位以内らしい。赤点なんて取ったことがないと言われて常連の僕は泣いた。
「ううっ、意外すぎるだろ……」
「俺、特待生だから。ここ学費高いし、授業料免除してもらわないと通えないんだよ」
「え、そうなのか」
出てきたのはさらに意外な理由で、何も言えなくなってしまう。ぶっちゃけ学費のことなんて気にしたこともなかったからだ。家、貧乏なのかな?
その割に髪はブリーチ完璧じゃん……と思ったら、知り合いの美容院で新人が練習代わりにやってくれるらしい。出た、やんちゃエピソード。
話しているうちに桂はシャツをごそごそ何かやっていて、僕は空なんかを見ながら昼飯のデザートにおはぎを食べた。
初夏の風が涼しく通り抜け、なんだかいい気分だ。あずきが付きそうだったから前髪を耳に掛ける。
あれ、僕、こいつと何のんびりしてるんだ……? それに学校で人とこんなに話したの、かなり久しぶりかもしれない。
「なあ、なんで僕って気づいたんだ?」
「……腕のホクロ。最近半袖だろ?」
「桂、よく見てるな~~~」
「…………」
予想通り半袖でジーナだと気づかれたらしい。やっぱり腕や脚を見せるのは駄目だな。昨日の写真も消しておくか?
そんなことを考えているうちに予鈴が鳴って、いつもよりあっという間に昼休みも終わったなと思う。一人だと昼寝する時間があるくらい暇だから、不思議な感覚だった。
「できた」
「えっっ、お前ボタン付けれるの!? すげ~! ありがと!」
「いや俺のせいだし……」
ほい、と渡されたシャツには、外れたことなんてなかったかのように整然とボタンがついていた。週一で来る家政婦に任せようと思っていたから気にしていなかったけど、桂はそうじゃなかったらしい。
「裁縫もできるなんて、どこでも嫁にいけそうだな~」
「っ……!」
ひひ、と笑って桂の方を見ると、目を丸くして見返される。なんだ……?
ていうかそろそろ教室に戻らないと。
「なあ、もう僕のことバラさない? 鍵アカにしただけで満足した?」
「……また、ここで会ってほしい」
「……え?」
昨日の森苑が怖かったので、鞄を抱えた僕はおそるおそる近づいた。
強がってみたり怖がってみたり、我ながら情緒不安定だ。でも、デカい金髪ヤンキーに弱みを握られてビビるなという方が無理だろう。
「……も、森苑」
「ッジーナ、ごめん!」
おいその名前で呼ぶな! と思わず突っ込みを入れようとした僕は、目の前の金色が床に擦りつけられたのを見て硬直した。
え……なにが起きてる? なんで森苑は土下座してんの? ……僕が土下座するんじゃなくて???
「なになになに? やめて!」
「俺は、ジーナを、傷ものにしてしまった……! この責任は取る。掃除洗濯炊事はできるから煮るなり焼くなり好きにしてくれ!」
「は……はああっ?」
意味が分からない。目を見開いてポカンとしてしまった僕は怖さも忘れ、森苑の肩を掴んで起こした。
土下座されるのって、心臓に悪いんだね……知りたくなかった。
聞けば話は単純で、今朝僕が投稿した写真を見て自分のつけた傷に気づき、衝撃を受けたらしい。森苑、お前も拡大して見るタイプだったのか。
そこからなぜ責任を取るという方向に思考が行くのかは謎すぎるが。責任を取って嫁に貰ってやるとかいう昔の考えか? いや、家事はお前がするんかい。
「こんなの傷のうちに入んないって。痕になるようなもんでもないし」
「でも、当てつけみたいに投稿したんじゃ……」
「わ、悪かったよ。そんなつもりは全くなかった」
くしゃりと泣きそうな顔で見上げてくるから、なぜか僕が謝っている。森苑に対する怖さゲージは急降下し、もはやゼロに近い。
ずっと立って見下ろしているのも嫌だから腰を下ろすと、両肩に手が置かれ森苑の美形顔が迫ってきた。
「許してくれる……?」
「ジーナって呼ばないならな」
「じゃあ、純那……?」
名前知ってたのかとか呼び捨てかよとか色々思ったけれど、面倒くさくなって頷いておく。「俺のことも桂って呼んでほしい」と言われたのでそれにも頷き、僕は昼飯を食べだした。
こんなことをしてたら昼休みが終わってしまう。
森苑、もとい桂はやけに距離感の近いやつだ。でも、先輩と言われても僕に先輩感がないためこっちの方がいいかもしれない。
なぜか頬を赤らめている桂を無視してもぐもぐおにぎりを食べていると、シャツのことを訊かれた。
「持ってきたけど、なんでだ? ……あ」
「え、点数低っ」
「べ、別にいいだろ!」
片手で鞄からシャツを引っぱり出すと、午前の授業で帰ってきたテストが一緒に出てしまった。赤点ぎりぎりのやつを見てつい、という感じで桂に突っ込まれたものだから居たたまれなくなる。
めちゃくちゃ偏見だけど桂こそ赤点を取りそうなのに、聞いてみれば常に学年三位以内らしい。赤点なんて取ったことがないと言われて常連の僕は泣いた。
「ううっ、意外すぎるだろ……」
「俺、特待生だから。ここ学費高いし、授業料免除してもらわないと通えないんだよ」
「え、そうなのか」
出てきたのはさらに意外な理由で、何も言えなくなってしまう。ぶっちゃけ学費のことなんて気にしたこともなかったからだ。家、貧乏なのかな?
その割に髪はブリーチ完璧じゃん……と思ったら、知り合いの美容院で新人が練習代わりにやってくれるらしい。出た、やんちゃエピソード。
話しているうちに桂はシャツをごそごそ何かやっていて、僕は空なんかを見ながら昼飯のデザートにおはぎを食べた。
初夏の風が涼しく通り抜け、なんだかいい気分だ。あずきが付きそうだったから前髪を耳に掛ける。
あれ、僕、こいつと何のんびりしてるんだ……? それに学校で人とこんなに話したの、かなり久しぶりかもしれない。
「なあ、なんで僕って気づいたんだ?」
「……腕のホクロ。最近半袖だろ?」
「桂、よく見てるな~~~」
「…………」
予想通り半袖でジーナだと気づかれたらしい。やっぱり腕や脚を見せるのは駄目だな。昨日の写真も消しておくか?
そんなことを考えているうちに予鈴が鳴って、いつもよりあっという間に昼休みも終わったなと思う。一人だと昼寝する時間があるくらい暇だから、不思議な感覚だった。
「できた」
「えっっ、お前ボタン付けれるの!? すげ~! ありがと!」
「いや俺のせいだし……」
ほい、と渡されたシャツには、外れたことなんてなかったかのように整然とボタンがついていた。週一で来る家政婦に任せようと思っていたから気にしていなかったけど、桂はそうじゃなかったらしい。
「裁縫もできるなんて、どこでも嫁にいけそうだな~」
「っ……!」
ひひ、と笑って桂の方を見ると、目を丸くして見返される。なんだ……?
ていうかそろそろ教室に戻らないと。
「なあ、もう僕のことバラさない? 鍵アカにしただけで満足した?」
「……また、ここで会ってほしい」
「……え?」


