家に帰りつくと、自分の部屋へ直行する。無機質に整えられたシーツの上に、ぽすっと仰向けに寝転がった。

「……はあ」

 のろのろとスマホを取り出し、ツイスタグラムを開いた。「わっ」と声が漏れる。
 またフォロワーがかなり増えていて、今朝の投稿に来ているコメントもいつもの倍以上だ。こうして投稿した写真に対する反響が大きいと、緊張と喜びでドキドキする。

 ジーナは僕の承認欲求を満たすために作られたアカウントで、当初の想定を遥かに超えて成長してしまったアカウントでもある。
 女装なのは、幼い頃両親の着せ替え人形になっていた記憶があるからだ。昔の写真を見る限り、かつては僕も女の子みたいに顔が可愛かったらしい。

 フォロワーが増えていくのを見るのが楽しかったから、鍵アカにするなんて考えたこともなかった。しかしフォロワーが数千人いても、普段コメントをしてくるのはほぼ決まった人たちだけだ。
 鍵アカにしたところで今と状況が変わるかというとそれほど変わるとも思えず、ついに設定画面からアカウントのプライバシー設定を変更した。

「森苑桂、これで満足したか?」

 フォロワーの欄をスクロールしてみるも、本名で登録している人なんてほぼいないアカウントに彼らしき名前は見当たらなかった。むしろよくジーナが僕だと気づいたものだ。

 そういえば今朝は、暑くなってきたからと初めて半袖ミニスカートに挑戦した写真を載せたんだ。アカウントを作ってもう二年になるけど、勇気が出なかったのもあって露出は最小限だった。
 ずっとリクエストは来ていて、勇気を出して撮った写真が今朝投稿したものだった。

「あ、ケイゾーさんだ。『ホクロがエロい』……へ~~~、そんなとこよく見てんな」

 いつもコメントをくれる人のうちの一人が、“KEIZO”だ。たまに湧く迷惑系コメントを「無視しましょう」と呼びかけてくれたりするいい人で、彼のおかげで僕のアカウントは平穏を保てていると言っても過言ではない。

 今日の写真に貰ったコメントを見ていると、身体にあるホクロに言及したものが多かった。僕は昔から肌が白く、その代わりなのかホクロは多めなのだ。顔にもあるし、腕や脚にも無数にある。

 みんな意外と拡大して見てくれるものだから、背景などは細心の注意を払ってぼかし加工をしている。だけど肌は無加工で乗せるのが僕のこだわりなので、そのままで載せたんだけど。
 ……やっぱり良くなかったかもしれない。

 アカウントを作ったとき、身バレは一番怖いと思っていた。だって我ながら女装とか痛い。
 まさか写真一枚で森苑にバレるなんて。いや、もしかすると今朝の写真とは違う理由で気づいたのかもだけど……明日聞いてみるか。

 とりあえず、今日明日でバラされることはなさそうだからちょっと冷静になってきた。むくりと起き上がって、クローゼットではなく机の引き出しの奥底にしまってある箱を取り出す。

 ネットクリーニングを利用している服は、丸襟でリボンのついた制服風のブラウスが大半だ。スカートも然り。
 今朝投稿した写真とは違うブラウスを着て、赤い紐状のリボンを結ぶ。私服の無難なカーディガンを羽織り、スカートも履いた。

 鏡の前に立つと、女子高生風の制服を着た冴えない男が映っている。似合わないのは分かっているし、実は別に女装は趣味でもなんでもない。
 しかし男にしては線の細い身体と白い肌は、顔さえ隠せばそれなりに写るのだから不思議だ。

 ブラウスのボタンを二個開けて、リボンも合わせて緩める。鎖骨をチラ見せするのはジーナの定番だ。露出は一か所に絞り、今日は腕も腹も見せない。
 きっちりと着こんだ制服の中で、首元だけ乱れているのが抜け感というか。僕のこだわりだった。

 スマホを三脚にセットして、タイマーで写真を撮る。窓から差し込む光の角度も考え、何枚か撮影した。

「……あ。鎖骨に傷できてるじゃん」

 取れた写真をスマホで確認していると、鎖骨に赤い筋ができていることに気づいた。爪の先が掠ったような、細く赤い線。痕が残る感じでもないからいいか。

 むしろ白と赤のコントラストがいいかもしれない。赤いリボンとも調和が取れている。
 傷が目立って邪魔にならない写真を選び、アプリを使って背景をぼかし、露出やコントラスト、色合いを調整する。

 こうして一枚の写真を作品として仕上げていく作業が、何気に好きだ。女装することよりもただ写真を撮って投稿することよりも、光の加減や撮影する角度を考えアプリで細かい調整をすることが楽しいと感じる。

 こだわればこだわるほどツイスタグラムで映えるし、見た人の反応もいい。繰り返すほど楽しくなって、僕はこの遊びをやめられなくなっていた。
 普段は誰も僕を見ていないけど、ここなら大勢に見てもらえる。