「ねぇ、なんで、だ、抱きしめてるの……?」
「えー? 純那が可愛くて大好きだから」
「……えええ!? ありえないって!」
「なんで純那が否定するんだよ」

 可愛くて大好き???
 思わず間近で見上げて否定すると、眉間に皺を寄せた桂が見下ろしてくる。「俺の気持ちなんだけど」と言われて、僕は改めて反論した。

「好きなのは僕の方なの!」
「……は」
「桂はかっこよくて優しくてなんでもできるけど、僕って陰キャだし痛い裏アカやってるし、桂に迷惑かけてばっかりなのに……おかしいよ……」
「まじ……? このかわいくてエロい生き物が俺のこと好きって言った……?」

 我ながら駄々をこねているだけな気もしてきたが、「そんなのおかしい……」と混乱から抜け出せない。

「桂って彼女いるんじゃなかったの? それに僕、ジーナじゃないもん……」
「いやそれ、結構前の話だから。……てかさ。俺がジーナを推してたのは投稿してた写真がいいのもあるけど、性格がめちゃくちゃ良かったからだぜ? アカウントできた初期からコメントの返信が誰にでも優しくて親切で、よくわかんねーおっさんの悩み相談とかも真剣に聞いてたじゃん」
「そう、だっけ……?」
「人気出ても驕らないし、だんだん沼落ちしてく人が増えて、守ってやらないとまじで住所特定とかされるんじゃないかって俺ひやひやしたもん。ジーナの人気の主原因は、純那の性格ってわけ。あと鎖骨と腹がエロい」
「…………」

 なんだかすっごく褒められている気がする。返す言葉が出てこないのに、頬は勝手に熱を持った。
 ちなみに、と前置きして桂は強い視線で僕を見つめてきた。

「俺はジーナをフォローした頃から、純那の華奢なところとか肌の白さが気になってたよ。もしかして同一人物じゃないかって妄想して、夏は鎖骨とか腹が一瞬でも見えないか、純那が外で体育やってるときはガン見してた。まあ割と鉄壁防御だったけどな。だからあの投稿で純那だって気づいたときには……嬉しくて、もうどうしようもなく好きだと思った」

 熱烈な告白に、いっぱいになった胸から心臓が飛び出しそうだ。密着しているから、桂の心臓も駆け足で動いていることがわかる。
 桂がずっと前から僕のことを見てくれていたなんて。僕は桂に引っ張り出されるまで、SNSの世界しか見ていなかったのだ。

 そろそろと両腕を上げ、桂の背中に回してみる。背中が広い。びくっと小さく震えたけど抵抗されなかったから、勇気と声を絞り出す。

「じゃあ、付き合って、みる……?」
「……みる! 付き合う! うわ~~やった~~っ嬉しい!!」
「わっ、わあっ」

 交際を提案すると、桂が僕を抱きしめたままぴょんぴょん飛び跳ねる。あまりにも素直に喜びを表現するから子どもみたいで可愛くって、くすくす笑ってしまう。
 たった一人に想われることが、こんなにも嬉しいなんて……夢みたいだ。

「純那」
「ん?」

 動きを止めて、名前を呼ばれる。後頭部を支えられ、自然と上向くと、桂の顔が近づいてきた。

「……っん」

 くっついた瞬間より、離れていくときのほうが唇の柔らかさを感じた。……キス、してしまった。
 桂が目を細めて僕のぽやっとした顔を見ている。

「大好き」
「あ~~~! けい、ちゅーしてる!」
「「!!!」」

 幸福感に僕が溶けそうになっていたとき、突然高い声が部屋に響いた。
 同時にバッと振り向くと、ドアの隙間から李ちゃんと麦くんがじっとこちらを見ている。

 僕は「うわぁっ」と情けない声を上げて桂から離れようとしたものの、腰をがっちりと掴まれていて離れられなかった。桂はがっくりと項垂れている。

「邪魔すんなよ~……」
「ママ~! けい、ちゅーしてた!」
「だから言ったでしょ~? 桂の好きな人だって。李は諦めなさい」

 階段を駆け下りて叫ぶ李ちゃんに、お母さんが衝撃発言をしている。僕は唖然として、開いた口がふさがらなかった。

「バレて……いいの? ご家族に」
「祭壇見られてるからな~」
「えええっ!」

 女装男子だって知られてるってこと!? ど、ど、ど、どうすれば……!?

 今からお母さんに「キモくてごめんなさい。息子さんをください」とでも言えばいい?
 大混乱に陥っていると、ズボンの裾をくいっと引っ張られた。見下ろすと、麦くんが僕の脚に引っついている。コーヒーを取りに行くという桂を見送って、僕は麦くんを抱き上げた。

 意外と重みのある命に、ふわふわした気持ちが落ち着いていく気がした。
 「ちゅーした?」と訊かれて、「うん……」と答える。

「おかお、まっかっか」

 やっぱり落ち着くにはまだ早い。交際どころかキスを桂の家族に知られてしまったという事実に、僕は床へとたり込んだ。小さな手が僕の頬をぺちぺちして遊んでいる。
 恥ずかしいけれど、胸の中は温かさに満ちていた。

 汗の滲んだ首筋を、夕方の爽やかな風が撫でていく。振り返って窓の外を見れば、沈みかけた太陽は空を麦穂のような黄金色に染め上げていた。

「桂の色だ……」

 裏アカでしか寂しさを満たせなかった僕の人生に、突然飛び込んできた金色。
 桂と一緒にいれば、明るく賑やかな未来が見えてくる気がする。