――押し入れの(ふすま)から、細い光が漏れ出している。

「なんだ……? ドラえもん?」

 ウォークインクローゼットならまだしも、押し入れが光る理由なんて未来から来たロボットがいるとかファンタジーな展開しか思いつかない。人様の部屋であることも忘れて、つい僕はその引き戸を開いてしまった。

「……っえ……」
「純那、コーヒー飲める? って……うわああああ〜〜!!」

 部屋にやってきた桂は、僕が目にしているものに気づくと大声で叫びながら押し入れの前に立ちはだかった。でも、とっくにその光景は、僕の目に焼きつけられてしまったから意味はない。

 そこには――ジーナの祭壇、としか言いようのないものが設けられていた。

 これまでジーナとして投稿した写真の数々が現像され、キラキラのラインストーンがついた額に入って整然と並んでいる。たぶん、これまでに投稿したすべての写真がある。それくらい多かった。

 なぜか写真のプリントされたうちわやTシャツもあって、まるで公式グッズのようだ。極めつけには祭壇の中心に、いつだったか学校の非常階段で桂に撮られた僕の笑った写真が、丸い額に入ってどでかく飾られていた。

 クリスマスの電飾のようなキラキラライトが全体を輝かせ、中心を照らすスポットライトまであった。大きな桂の体でほぼ隠されているけど、光の端っこが今もちらちら見える。

「これ……なに?」
「…………推し活、です」
「ジーナのことそんなに好きだったの?」
「……はい」

 立ちはだかったまま固まっている桂を見上げて話しかけると、桂は初めて僕に敬語を使ってみせた。後ろめたくて恥ずかしそうな表情が、ちょっと可愛い。
 別に僕も怒っているわけじゃないから、平然として見せる。

「すごいねぇ。自分でも現像はしないから、変な感じ」
「……嫌じゃ、ないのか? 気持ち悪いだろ?」
「全然? ていうかもしかして、モリゾーさんって桂?」
「う」

 思い切って尋ねれば、桂は痛いところを突かれたという顔をして視線をうろうろと彷徨わせた。人のことを言えないけれど、分かりやすすぎる。やっぱりそうだったのか……

 僕は好きな人から熱烈に推されていたことを知って、嬉しいような素直に喜べないような、複雑な気持ちが胸中に渦巻いているのを感じていた。

 なぜなら、ジーナは僕であって僕ではない。
 好きだ推しだと言ってもそれは恋愛感情じゃないわけで……僕の気持ちとは徹底的にすれ違っていることを実感させられる。

「もうジーナのアカウントは消そうと思う」
「え!! なんでだ!?」
「僕さ、女装が趣味ってわけじゃないんだよね。……がっかりした?」
「……いや、」

 ジーナが好きだということは、女装男子の写真が好きということだ。中身が僕だと知ってがっかりされてはいないみたいだけど、僕は普段女装もしないし。桂の前でジーナになることもできない。

「昨日のことがあって、やっぱり裏アカで写真を投稿するのは危ないんだって自覚した。僕のせいで桂が謹慎になるなんて……ほんと、ごめん」
「純那のせいじゃない!」

 へにょ、と眉尻を下げて謝ると、桂は僕の肩を両手で掴んできた。その強い力に驚く。
 覗き込んできた目は爛々と燃えている。

「あいつらが悪いだろ! あと俺も純那が押さえつけられてるの見て、カッとなっちまったし……」
「でも、隠れてツイスタやってたのは僕だし……。桂、特待生大丈夫なのか? 来年やばいとかない? ……わ!」

 矢継ぎ早に質問していると、ぐっと腰を引き寄せられた。気づけば桂に抱きしめられている。
 風邪で倒れたときとは違う。両腕が背中に回っていて、すごい密着度だ。

 な、何が起きてるの……?

「はー……優しいな、純那は。謹慎は別の理由なんだ。ごめん」
「え?」

 くっついた状態のまま説明される。
 表向きは昨日の件だが、本当の理由はアルバイトが学校にバレたせいでの謹慎処分らしい。うちの高校はアルバイト自体は禁止されていない。が、それは特待生を除くルールだ。

 特待生は勉学に取り組む姿勢も重視される。だから勉強時間を削ることに直結するアルバイトには厳しいという。

 桂も遅刻は最近していなかったようだが、こっそりしていたアルバイトには教師も呆れて、本気で「やめてくれ」と頼んできたらしい。桂の家庭事情を知っているだけに、怒らないところが優しい。

 謹慎にはなったものの、最近は学年一位をキープしているのもあって特待生の条件には響かないようだ。なんとも教師泣かせの生徒である。

「よかった……僕、ほんとに心配で」
「あーもー! ジーナだもんなぁ、そりゃ純那も優しいよなぁ」

 本気でホッとして、ちょっと泣きそうな声になってしまった。
 桂は「もー!」と言いながらぐりぐりと頬を僕の頭に押しつけている。僕は急な濃厚接触に変な汗が止まらなくなってきた。理由がわからなすぎて怖い。